(1)中国、金(きん)・元(げん)代の演劇。当時、芝居芸人たちの居所を行院(こういん)といい、転じて芸人たちをもそうよんだが、その行院の芝居が用いた脚本の意である。形式は宋(そう)雑劇と同じとされるが、5人の役者で上演されたといい、諧謔滑稽(かいぎゃくこっけい)に限られない幅広い題材を扱うようになっており、宋雑劇が元雑劇に発展していく過渡の段階のものといえる。700種余の演目が記録されているが、脚本はすべて失われた。『金瓶梅詞話(きんぺいばいしわ)』や、二、三の元・明(みん)の雑劇に、その上演のようすが描かれていて、おおよその輪郭をうかがうことができる。元以降は、元雑劇と区別して宋雑劇も院本とよぶようになり、さらに広く芝居の類一般をさしていわれることもある。
[傳田 章]
(2)日本では、義太夫節(ぎだゆうぶし)の一曲全部を収めた版本を、普通、正本(しょうほん)または丸本(まるほん)と称したが、別に院本と書いて「いんぽん」または「まるほん」と読むこともあった。これは、中国の古い時代に演劇または脚本の意に院本という文字が用いられたことから、上方(かみがた)で中国の戯曲類の翻案が盛んに行われたころに、院本すなわち脚本と理解し、丸本に院本の字をあてたものと思われる。寛政(かんせい)期(1789~1801)の『草茅危言(そうぼうきげん)』という本に「浄瑠(じょうる)り本と云(いふ)は唐山(とうざん)にて所謂(いはゆる)院本也(なり)」とあるは、そのへんの事情を示すものと思われる。
[山本二郎]
中国の古典劇の一種。唐の参軍戯を発展させて宋代に生まれ,その治下では〈雑劇〉とよばれたファルス(笑劇)の,金・元・明3朝における呼称。歌舞練場ないし妓女・芸人をさす〈行院〉の脚本を意味する語が,ただちに形体名に用いられた。末泥,引戯,副浄,副末という4種の役がらによって上演され,ときに官人役の装孤を加えるので,〈五花爨弄(ごかさんろう)〉の名もある。700余編に及ぶ外題が伝わるのみで,脚本そのものはすべて散逸したが,元代の本格的な演劇すなわち同名異質の〈雑劇〉中に挿演されたものから想定すると,だじゃれとおどけたジェスチャーの応酬に終始し,最後にユーモラスな歌の1,2曲がうたわれたとわかる。人間のにせものを強調することによって笑いをまねくが,常に真実を見失うまいとする伝統的な演劇精神に支えられていて,戯謔はしばしば鋭い風刺に高められたらしく,元代の〈雑劇〉など後起の演劇にあたえた影響も少なくない。
執筆者:田中 謙二
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…三味線以外に箏,胡弓,八雲琴などを床で弾く曲もあるし,床の裏で細棹の三味線を加えたり,純大坂式の下座音楽を伴うことも多い。
[テキストと記譜法]
ひとつの浄瑠璃作品全段(全巻)を丸ごと収載した板本を丸本(院本)といい,これによって原作・原曲の様子を知ることができる。上演に際して,太夫が見台に置いて見ながら語るために書いた本を床本(ゆかほん)といい,一段だけを抜き出して記している。…
…ただし,この名称は〈雑〉字が示すように,中国の演劇が未成熟の段階にあったころから,演劇に類する諸種の芸能をさして用い,したがって,時代と地域によって実体を異にする。唐末の文献にみえるそれは未詳だが,11~13世紀ごろ宋朝の治下では,のちに〈院本〉と改称される風刺寸劇や,〈南戯(南曲)〉の源流とされる温州(浙江省永嘉)の地方劇などをこの名で呼んだ。しかし,13,14世紀ごろ元朝治下において本格的歌劇が画期的な戯曲文学を開花させて,文学史上に〈元曲〉とたたえられると,この形態がほとんど〈雑劇〉の名を独占するにいたる。…
…役柄も4人から6人ぐらいにふえ,北宋の首都の汴京(べんけい)(開封)あるいは南宋の首都臨安(杭州)では,人形劇や影絵芝居,また歌物語,講釈,落語,曲芸等々,さまざまな芸能とともに〈勾欄(こうらん)〉とよばれる演芸場で盛んに演じられた。このとき北方の金治下においては,雑劇が〈院本〉の名のもとに行われていたが,それらの中には茶番狂言の域を脱して一貫した故事(物語)を演ずる本格的な演劇として成長していたことをうかがわせるものが含まれている。
[元曲の隆盛]
13世紀,モンゴル民族の元が金を滅ぼしてのち,首都の大都(北京)を中心にして新形態の歌劇が流行し始めた。…
※「院本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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