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陸援隊 リクエンタイ

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デジタル大辞泉の解説

りくえん‐たい〔リクヱン‐〕【陸援隊】

幕末、土佐藩士中岡慎太郎によって組織された軍隊。藩主山内豊信(容堂)を護衛する五十人組を起源とし、慶応3年(1867)結成。討幕運動に活躍した。

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百科事典マイペディアの解説

陸援隊【りくえんたい】

1867年京都で土佐(とさ)高知藩の中岡慎太郎によって編成された討幕組織。同年高知藩は坂本竜馬,中岡の脱藩を許し竜馬を海援隊長,中岡を陸援隊長に任じた。これは高知藩主流が2人を通じて討幕勢力と連絡をとり,周辺の勢力を正式機関ではないが連絡のとれる組織に編成して利用することを考えたためである。
→関連項目田中光顕

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世界大百科事典 第2版の解説

りくえんたい【陸援隊】

1867年(慶応3)京都で土佐藩の中岡慎太郎によって編成された討幕組織。中岡慎太郎坂本竜馬とともに脱藩の罪を許されたのは67年2月で,土佐藩は4月に竜馬を海援隊長に任ずるとともに,慎太郎を陸援隊長とし在京官に属せしめるとした。このことは,ようやく討幕戦争のありうることを考えはじめた土佐藩主流が,2人を通じて討幕勢力と連絡をとり,慎太郎とその周辺の勢力を藩の正式の機関ではないが連絡のとれる組織に編成して利用することを考えたためである。

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大辞林 第三版の解説

りくえんたい【陸援隊】

1867年土佐藩の中岡慎太郎が京都で組織した軍隊。討幕のため、土佐藩の経済援助を受けて諸藩出身の浪士を集め組織的訓練を行なった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸援隊
りくえんたい

幕末、中岡慎太郎(しんたろう)が組織した討幕のための土佐藩の遊軍。1867年(慶応3)土佐藩は倒幕のため活動中の坂本龍馬(りょうま)と中岡慎太郎の脱藩の罪を赦(ゆる)し、4月、長崎で福岡藤次(とうじ)(孝弟(たかちか))、後藤象二郎(しょうじろう)から両人に藩の遊軍としての海援隊・陸援隊の隊長任命を伝えた。龍馬の海援隊には亀山(かめやま)社中という実体があったが、陸援隊は遅れて7月、慎太郎が京都白川の土佐藩屋敷を本拠に、土佐を中心とする浪士を組織して発足。十津川郷士(とつかわごうし)も加え、薩摩(さつま)藩から洋式銃隊訓練を受けるなど、討幕戦に備えた。慎太郎は大政奉還後の11月17日横死したが、隊は田中顕助(けんすけ)(光顕(みつあき))ら幹部が引き継ぎ、12月8日討幕の内勅を奉じた侍従鷲尾隆聚(わしのおたかつむ)を擁して高野山(こうやさん)に拠(よ)り、延べ1000余の兵を集めて、紀伊・大和(やまと)の諸方を鎮撫(ちんぶ)し、佐幕勢力を牽制(けんせい)。翌68年(慶応4)1月、鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いののち、下山して帰洛(きらく)、解隊したが、陸援隊士は親兵に編入され、討幕戦争に加わった。[関田英里]
『平尾道雄著『陸援隊始末記』(中公文庫)』

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