倒幕運動(読み)とうばくうんどう

百科事典マイペディアの解説

倒幕運動【とうばくうんどう】

江戸幕府打倒をめざす政治運動。狭義には,攘夷(じょうい)主義を脱し中央集権国家樹立をめざす幕府討滅運動をいい,尊王攘夷運動大政奉還運動と区別。尊王攘夷運動は武力蜂起(ほうき)にまで発展したが,民衆的基盤をもちえず失敗した。薩英戦争馬関戦争を経て,排外主義をすて富国強兵による中央集権国家を志向する勢力が台頭し,薩長同盟の結成後,倒幕運動は本格化した。第2次長州征伐において長州藩は奇兵隊の活躍で幕府軍を破った。土佐藩が推進する公議政体論は,統一国家への平和的移行をめざして武力倒幕派と対抗し,倒幕派が倒幕の密勅を得た翌日の1867年11月9日(慶応3年10月14日)に大政奉還を実現した。しかし小御所会議で倒幕派が巻き返し,戊辰(ぼしん)戦争を通じて倒幕派の主張が実現した。
→関連項目井上馨国学(近世)薩土盟約佐幕派天皇十津川の変日本藤田伝三郎陸援隊

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世界大百科事典 第2版の解説

とうばくうんどう【倒幕運動】

幕末期に起こった徳川幕府打倒のための政治運動。狭義には武力倒幕(討幕とも書く)を指すが,広義には〈大政奉還〉による軍事衝突を回避した政権移譲の政治工作を含めていう。一般に尊王攘夷運動公武合体論が主として文久・元治年間(1861‐65)に展開したのに対し,倒幕運動は慶応年間(1865‐68)が中心で,戊辰戦争(1868‐69)へと連なった。 1863年(文久3)8月の天誅組の挙兵や同年10月の生野の変などは,いずれも討幕挙兵の先駆とされているが,ともに失敗におわった。

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