改訂新版 世界大百科事典 「陸軍パンフレット事件」の意味・わかりやすい解説
陸軍パンフレット事件 (りくぐんパンフレットじけん)
陸軍省新聞班発行のパンフレット《国防の本義と其強化の提唱》が政財界に衝撃を及ぼした事件。満州事変下に軍部を中核とする国家総力戦体制を作り上げようと努めていた陸軍統制派の池田純久少佐らは,矢次一夫らの国策研究会の協力をえて国家革新構想をまとめ,これを広く一般に知らせることをはかった。陸軍は事変開始以来,陸軍省調査班から多数のパンフレットを発行していたが,池田らは発行を新聞班の所管に移し,1934年7月《躍進日本と列強》を刊行して〈昭和維新〉をうたい,さらに,その姉妹編として《国防の本義と其強化の提唱》を,永田鉄山軍務局長,林銑十郎陸相の承認のもとに10月1日付で発行,広く配布した。このパンフレットは〈たたかひは創造の父,文化の母である〉という書出しで始まり,国防に至高の価値をあたえ,国際情勢の緊迫に対処するため,財政,経済,外交,政略,国民教化について根本的な改革を断行し,すべてを国防目的のために組織統制して一元的に運営しなければならないと唱え,国際主義・個人主義・自由主義思想の〈芟除(さんじよ)〉をうたった。既成政党や財界は大きなショックをうけ,軍の政治関与であると反発し,林陸相は10月5日の閣議でパンフレットのような意志はないと釈明した。しかし,おりから進行中の在満機構改革や翌年の天皇機関説問題は,事態がこのパンフレットの提唱する方向に沿って展開していることを示した。一方,社会大衆党書記長麻生久は党機関紙において陸軍パンフレットの支持を表明し,軍部との提携を唱え,無産運動陣営に大きな波紋を起こした。
執筆者:江口 圭一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報