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陽関 ようかんYang-guan; Yang-kuan

6件 の用語解説(陽関の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陽関
ようかん
Yang-guan; Yang-kuan

中国,前漢時代の関所。現在の甘粛省敦煌県の西にあり,玉門関と並んで西域交通の要衝。関都尉が駐在した軍事基地でもあった。後漢には廃されたが,晋・後魏時代は県がおかれ,唐代は西域南道の起点となった。

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デジタル大辞泉の解説

よう‐かん〔ヤウクワン〕【陽関】

中国甘粛省西部、敦煌の南西にあった関所。前漢時代に設けられ、北にある玉門関とともに西域に通じる交通の要地をなした。

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世界大百科事典 第2版の解説

ようかん【陽関 Yáng guān】

中国の甘粛省敦煌県の西におかれた関所。前漢時代,前94‐前93年ころに設置されて敦煌の前線基地となり,北の玉門関と並び西域に通ずる要地であった。ある時期には玉門関よりも重視されたようだが,後漢になると廃止された。しかし,唐代には西域南道(天山南路の南道)の起点としてふたたび繁栄した。唐代の王維の詩句〈君に勧む,更に一杯の酒を尽くせ,西の方,陽関を出づれば故人なからん〉は人口に膾炙(かいしや)する。遺跡は敦煌県南西の南湖店に近い古董灘(ことうたん)付近に比定されている。

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大辞林 第三版の解説

ようかん【陽関】

中国、甘粛省の敦煌の南西に置かれた関所。古来、玉門関とともに西域交通の要衝。

出典|三省堂
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世界の観光地名がわかる事典の解説

ようかん【陽関】

中国の甘粛(かんしゅく)省敦煌(とんこう)(トゥンホワン)市街の南西約70kmにある、武帝によって設置された古代シルクロードの関所跡。建設は紀元前107年ごろとされ、古くから敦煌からシルクロードを経て西域へ通じる南路の重要ポイントだったといわれる。◇唐代の詩人、王維の詠んだ「君に勧む更に尽くせ一杯の酒、西の方陽関を出ずれば故人なからん」という詩は有名である。古代の陽関は70km離れた玉門関とつながり、その間、ほぼ5kmごとにのろし台が置かれていた。なかでも北側にある「陽関の耳目」と呼ばれるものが最も大きく、保存状態もいい。3000~4000年前はオアシスだったが風化が進み、三面を砂丘に囲まれて、現在はほとんどが砂に埋もれている。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陽関
ようかん

中国、甘粛(かんしゅく)省敦煌(とんこう)県南西の古董灘(ことうたん)付近に、前漢によって設けられた関所。前後して設けられた玉門関の南に位置していたため、この名がある。中国本土と、(ぜんぜん)や于(うてん)などタリム盆地南辺一帯のオアシス都市を結ぶ南道の要地で、後漢(ごかん)の西域(せいいき)都護である班超(はんちょう)もここを通っているが、南道の衰退に伴って関所も廃止され、現在では遺跡はほとんど残っていない。[關尾史郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の陽関の言及

【玉門関】より

…武帝のとき河西四郡,いわゆる河西回廊地帯を保護するため北側に万里の長城が築造され,前108‐前107年ごろその西端に設けられた。南の陽関とともに西方に通ずる重要な関門で,今日の敦煌県の北西約100kmに遺跡が残っている。その後,関は移動し,隋・唐時代には今の安西県の東にあって,唐初,玄奘(げんじよう)が西域に旅した時,通過した関はここである。…

※「陽関」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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