川端康成(やすなり)の中編小説で中期の代表作。1935~1937年(昭和10~12)『文芸春秋』『改造』など諸誌に分載。1937年いったん本になり、文芸懇話会賞を受賞するが、1940年よりまた書き継ぎ、1947年(昭和22)完結。1948年創元社より刊行。無為徒食の島村は雪国の温泉場を訪ね、芸者駒子(こまこ)に会った。駒子は島村などを愛してみても徒労であるとは知りながら、いちずに慕い寄ってくる。彼女は瞬間の正直な気持ちに生き、悔いなど残すまいとしているが、人を愛してしまえばかならずあとに残るであろう心の痛みを、そのまま表すかのような姿で、葉子という少女が彼女のかたわらにいる。生きることが無意味とも思われた戦争の時代に、まことの愛や行為の徒労ならざるなにかの証(あかし)をみつけだしたい作者の思いが書かせた象徴的作品。越後(えちご)湯沢における実体験が素材になっている。
[羽鳥徹哉]
日本映画。1957年(昭和32)東宝作品。豊田四郎(とよだしろう)監督。川端康成原作、八住利雄(やすみとしお)(1903―1991)脚色。日本画家の島村(池部良(いけべりょう)、1918―2010)は、一年前に雪国の温泉場で知り合った駒子(岸恵子(きしけいこ)、1932― )が忘れられなくて何度も訪ねる。駒子には踊りの師匠の養母とその病身の息子、それに義妹の葉子(八千草薫(やちぐさかおる)、1931―2019)がいて、治療費を稼ぐために芸者になっていたが、葉子は駒子を憎んでいる。小説冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という場面が、前進移動の汽車の映像で始まる。野外ロケを加味して男女の駆け引きが端正に描かれる。池部が恥じらう岸を背負い、川を渡る場面が素晴らしい。若い八千草が池部を誘惑し、岸が嫉妬(しっと)する女の闘いも見どころである。1965年、松竹で大庭秀雄(おおばひでお)(1910―1997)監督によるカラーの再映画化では、斎藤良輔(さいとうりょうすけ)(1910―2007)と大庭が脚色。前作と微妙に異なり、駒子を岩下志麻(いわしたしま)(1941― )が妖艶に、葉子を加賀まりこ(かがまりこ)(1943― )が意図しない媚(こび)をみせ、翻訳家の島村を木村功(きむらいさお)(1923―1981)が受身で演じている。トンネルの場面は、途中に出てくる。
[坂尻昌平]
『『雪国』(旺文社文庫・角川文庫・新潮文庫)』
川端康成の長編小説。1935年から47年にかけて,文芸各誌に分載し,大幅に改作・推敲して含蓄豊かな近代抒情文学の頂点をなす作品が完成した。越後湯沢の温泉場を背景に,東京人島村をめぐり雪国芸者駒子と美少女葉子の微妙な心理がからんで進行する。この作品には,病身で東京から帰郷し世を去る行男をめぐっての駒子と葉子の心理葛藤もあり,二重の三角関係が筋の基底にあることになる。凜烈な雪国の風物と愛憐の人情が融合して,この世ならぬ象徴美の世界が現出する。散文詩のような洗練度を持つ文体は,作者川端が再発見した新感覚派的手法の極致で,サイデンステッカーの英訳をはじめ各国語に広く訳され,日本近代文学の典型として享受されている。
執筆者:長谷川 泉
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…ただし,前衛的な表現技法の末梢感覚に走った結果,比較的短期間で新鮮な魅力を失って腐食し,人間解体の欠陥が露呈された。最も長期にわたってその本質を生かし続けたのは川端で,その頂点に位置する作品が《雪国》(1935‐47)である。横光は《機械》(1930)で成功したのち,純粋小説の方向をたどった。…
… 以後,林芙美子原作《泣虫小僧》(1938),阿部知二原作《冬の宿》(1938),伊藤永之介原作《鶯》(1938)など一連の〈文芸映画〉のなかで,暗い時代の日本の庶民像を描き出していった。愛国婦人会を創設した明治の女傑の半生を描いた伝記映画《奥村五百子》(1940),ハンセン病療養所で献身する若い女医の実話をリリカルなヒューマニズムで描いた《小島の春》(1940)などをへて,戦後も丹羽文雄原作《女の四季》(1950),森鷗外原作《雁》(1953),有島武郎原作《或る女》(1954),室生犀星原作《麦笛》(1955),織田作之助原作《夫婦善哉》(1955),谷崎潤一郎原作《猫と庄造と二人のをんな》(1956),川端康成原作《雪国》(1957),志賀直哉原作《暗夜行路》(1959),永井荷風原作《濹東綺譚》(1960)と〈文芸映画〉の系列がある。 女を多く描き,フェミニストともいわれたが,そのフェミニズムは,女の美しさよりも無知や貪欲さを凝視する目のきびしさと執念に特色があるといわれる。…
※「雪国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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