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面山瑞方 めんざんずいほう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

面山瑞方
めんざんずいほう

[生]天和3(1683).肥後
[没]明和6(1769).9.16. 京都
江戸時代後期の曹洞宗僧。 16歳で熊本流長院の遼雲に従って出家,江戸で卍山,損翁,徳翁らに教えを受け,のち損翁に従って仙台におもむき,印可を受けた。諸方に招かれて講席を開き,建仁寺西来庵で没。

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デジタル大辞泉の解説

めんざん‐ずいほう〔‐ズイハウ〕【面山瑞方】

[1683~1769]江戸中期の曹洞宗の僧。肥後の人。卍山道白(まんざんどうはく)損翁宗益らに師事。曹洞宗の中興と称される。著「正法眼蔵渉典録」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

面山瑞方 めんざん-ずいほう

1683-1769 江戸時代中期の僧。
天和(てんな)3年11月5日生まれ。曹洞(そうとう)宗。江戸で卍山(まんざん)道白,損翁宗益(そんのう-そうえき)にまなぶ。仙台で損翁の法をつぎ,肥後(熊本県)禅定寺,若狭(わかさ)(福井県)空印寺などの住職となった。道元の祖風復興につくし,「正法眼蔵渉典録」ほか多数の著述がある。明和6年9月17日死去。87歳。肥後出身。
【格言など】利を聞いて耳を洗い,名を見て両眼を覆う

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朝日日本歴史人物事典の解説

面山瑞方

没年:明和6.9.17(1769.10.16)
生年:天和3.11.5(1683.12.22)
江戸中期の曹洞宗の僧。肥後(熊本県)の人。16歳で出家。のち江戸に出て宗統復古運動中の卍山道白などに謁見したが,損翁宗益に随い仙台泰心院に行き法を嗣いだ。相模(神奈川県)老梅庵,常陸(茨城県)東昌寺,肥後禅定寺,若狭(福井県)空印寺などに歴住。のち若狭永福庵に退棲した。面山は道元の祖風の宣揚に努めた学者で,50種余の著述がある。黄檗宗の影響を受けた月舟宗胡,卍山と異なり,反檗派の姿勢を明確にした。また懇切な解説により「婆々面山」と称される。<著作>『正法眼蔵渉典録』『訂補建撕記』<参考文献>鏡島元隆『卍山・面山』

(志部憲一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

面山瑞方
めんざんずいほう
(1683―1769)

江戸中期の曹洞(そうとう)宗の僧。肥後(ひご)(熊本県)三島に出生、父は今村玄珍。15歳のとき母と死別、これが契機となり、翌年熊本流長院の遼雲古峰(りょううんこほう)について得度、6年間の修行ののち正師を求めて江戸に遊学、芝青松寺の梅仙に師事する。時あたかも卍山(まんざん)道白、梅峰竺信(ばいほうじくしん)による宗統復古運動に遭遇し多くの宗匠に会う機を得、ついに生涯の師となる奥州仙台泰心院の損翁宗益(そんのうしゅうえき)に巡り会い、随従すること2年余、その法を嗣(つ)いだ。1705年(宝永2)相州(神奈川県)老梅庵(あん)に1000日間も門を開くことなく、打坐(たざ)(坐禅(ざぜん))と『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の参究に尽力し、その後各地への講説と宗義の著述を開始し、18年(享保3)肥後禅定(ぜんじょう)寺に住した。その間に豊後(ぶんご)(大分県)醍醐(だいご)寺、肥後清潭(せいたん)寺を再興、29年若狭(わかさ)(福井県)空印寺に転住、「建康普説」を開示した。また41年(寛保1)には永福庵(福井県小浜市奥田繩)を建立して隠栖(いんせい)、宗学諸分野の述作に専念した。最晩年に京都に出て全著述の出版と畿内(きない)、関東、西海への請いに応じて仏法の開示に奔走した。明和(めいわ)6年9月京都建仁寺西来(せいらい)庵で示寂。著書は『広録』26巻のほか、『聞解(もんげ)』『渉典(しょうてん)録』『事考』『頌古称提(じゅこしょうてい)』『史伝』『清規(しんぎ)』『戒法』『紀行』など、60部数百巻に及ぶ。[小坂機融]

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世界大百科事典内の面山瑞方の言及

【正法眼蔵随聞記】より

…1651年(慶安4)にはじめて板本として世に出たが,そのときは,だれの書ともわからないが法理がすぐれているので版行したとさえ言われた。その後,面山瑞方(1683‐1769)が1758年(宝暦8)に序を書き,70年(明和7)になって刊行されたいわゆる《明和本随聞記》によって,懐奘の手になる嘉禎年間の記録であることが明らかになった。けれども,長らく中世における本書の伝承がわからないままであったが,1942年に愛知県長円寺において,いわゆる《長円寺本随聞記》が発見され,ここにはじめて室町期の《随聞記》の古体を知るにいたった。…

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