デジタル大辞泉
「飾磨」の意味・読み・例文・類語
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しかま【飾磨】
- [ 1 ]
- [ 一 ] 兵庫県姫路市南部の地名。江戸時代から姫路の外港として発展。現在は重化学工業地域。昭和一五年(一九四〇)市制、同二一年姫路市に編入。
- [ 二 ] 明治四年(一八七一)の廃藩置県により播磨国に置かれた県。最初は姫路県と呼ばれたが、のちこの名に改称。同九年、豊岡県などとともに兵庫県に統合された。
- [ 2 ] 〘 名詞 〙 「しかま(飾磨)の褐(かち)」の略。
- [初出の実例]「かきのすすかけ、しかまのときむ、まゆはつかにひっこふて」(出典:幸若・烏帽子折(室町末‐近世初))
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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飾磨
しかま
兵庫県南西部、姫路市南部の一地区。旧飾磨市。1940年(昭和15)に市制施行し、1946年(昭和21)に姫路市と合併。市川の名残(なごり)川とみられる飾磨川川尻(かわじり)にあり、集落が砂堆(さたい)上に発達した。『万葉集』に飾磨江とあり、近世には城下町姫路の外港として栄えた。明治末に紡績業が進出し、昭和に入ってからは火力発電所や鉄鋼関係の工場が立地して、重工業地域に変貌(へんぼう)した。飾磨港は公共港湾として整備され、国際拠点港湾姫路港の中心である。国道250号が通じ、山陽電鉄飾磨駅で本線と網干(あぼし)線が分岐する。
[大槻 守]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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飾磨【しかま】
兵庫県姫路市南部の一地区。市川の河口右岸を占め,江戸時代は姫路城下の外港(飾磨津)として発達,明治時代に紡績や化学工業が興り,昭和以後港周辺の干拓地に製鋼工場,火力発電所が進出,広畑地区とともに重化学工業地域となった。山陽電鉄線が通じ,10万トン岸壁もある。
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飾磨
しかま
兵庫県南部,姫路市南部の一地区。旧市名。 1946年姫路市に編入。市川河口西岸に位置し,姫路市の外港であり,播磨工業地域の中心の1つ。飾磨の市,飾磨津の名で古くから知られ,明治以降,紡績,砂鉄,化学,昭和に入って製鋼などの工場の進出で発展。 1960年代初めからの港湾の修築,周辺の埋立て地への火力発電所,石油ヤード,製鋼,セメントなどの工場の建設により,播磨工業地域の一部となった。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の飾磨の言及
【飾磨津】より
…姫路藩主池田輝政はここを城下の外港として重視し,1601年(慶長6)入江に向島を建設し,船役所・船置場を置き,船手(ふなて)(水主(かこ))を配置した。09年には城の外堀から南へ飾磨入江に達する運河(三左衛門堀)を通じようとしたが失敗した。15年(元和1)本多忠政の代に船場川が改修されて,以後城下から飾磨御蔵まで舟運によって蔵米が下されるようになった。…
※「飾磨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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