(1)幸若舞曲の曲名。作者,成立年次不詳。題名の初出は1551年(天文20)(《陰徳太平記》),上演記録の初出は63年(永禄6)(《言継卿記》)。鞍馬を出た牛若丸は金売吉次一行に加わって東国に下る途中,鏡宿で烏帽子を折らせるが,烏帽子折職人の妻が父義朝の郎等鎌田正清の妹であった。その夜,牛若はひとりで元服する。その後,青墓の宿に泊まるが,宿の長者は義朝の妾満寿で,牛若の吹いた笛のことから用明天皇の草刈笛の由来を語り,牛若を義朝をまつる光堂に案内する。牛若はそこでまどろみ,夢中に義朝,悪源太,朝長の3人が現れ,熊坂長範が率いる盗賊が吉次を襲うことを告げる。夢からさめた牛若はひとりで盗賊を討ち滅ぼす。草刈笛の由来はこの作品では劇中劇のように挿入されているが,内容は真野(まの)長者伝説である。同材の謡曲に《烏帽子折》《熊坂》《現在熊坂》があり,古浄瑠璃《牛王(ごおう)姫》,近松の《源氏烏帽子折》《用明天王職人鑑》などに素材を提供した。
執筆者:山本 吉左右(2)能の曲名。四番目物。現在物。宮増(みやます)作。前ジテは烏帽子折。後ジテは熊坂長範。三条吉次(ワキ)という商人が都から奥州へ下る途中,少年(子方)に同行を頼まれる。少年は牛若で,近江の鏡宿に着いたときに,元服を思い立って烏帽子折を訪ねる。主人は源家にゆかりの男で,源氏の少年と知って快く求めに応じ,祝福をする(〈クセ〉)。その後一行が美濃の赤坂に宿泊した夜,盗賊の熊坂長範が大勢の手下を従えて押し寄せて来る。牛若はただ一人で相手をして追い散らし,首領の長範まで斬り伏せてしまう(〈斬リ組ミ・中ノリ地〉)。牛若を演ずる子方が大活躍する能で,斬られる側は宙返りや仏倒れなどきわどい動きを見せる。
執筆者:横道 万里雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。四番目物。観世、宝生(ほうしょう)、金剛、喜多四流現行曲。宮増(みやます)の作。金売り吉次(きちじ)(ワキ)一行を襲う熊坂長範ら群盗と戦う牛若丸(子方)を後段に、前段では牛若と源義朝(よしとも)の遺臣の烏帽子屋夫婦との出会いが描かれる。場面が22場に変化する劇的な能で、世阿弥(ぜあみ)の幽玄能の主張の一方に、こうした作品がつくられていたのである。間狂言(あいきょうげん)の盗賊の手下たちもユニークな役どころ。シテは前段では烏帽子屋の亭主となり、後段では大太刀(おおだち)を佩(は)いた熊坂に扮(ふん)する。前後の軸となって活躍する牛若も大役で、子方卒業の曲ともされている。
[増田正造]
…平治の乱に敗れた源義朝は重代の郎等鎌田正清の舅で,尾張国野間の内海の荘司長田忠致(おさだただむね)をたよるが,かえって正清とともに謀殺されるという事件に,義朝の子息朝長の自害,正清の妻子の死,渋谷金王丸(こんのうまる)の奮戦などを配した作品。《平治物語》に同材の部分があり,諸本の中にはこの作品に近い内容の零本も伝存するが,幸若舞曲や謡曲の《烏帽子折(えぼしおり)》などに鎌田の妹や遺子が登場し,各地に関連する伝説があるなど,伝承経路の複雑さを考えさせる。今日でも愛知県知多郡美浜町の野間大坊(大御堂寺)では,同材の物語が絵解きされている。…
…5段。仏法を日本に流布させた聖徳太子の伝説を中心に,能の《道成寺》,幸若舞曲の《烏帽子折(えぼしおり)》などの趣向をとり入れている。敏達天皇の御世,同腹の皇弟山彦皇子は外道を信じ,仏法を信じる異腹の弟花人親王(のちの用明天皇)と法力比べの末に敗れた。…
※「烏帽子折」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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