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香取秀真 かとり ほつま

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美術人名辞典の解説

香取秀真

鋳金家・歌人・俳人。千葉県生。初め鋳金家大島如雲に、東美校では岡崎雪声に学ぶ。金工史家としても優れる。また正岡子規根岸短歌会に参加し、アララギ派の歌人として『秀真歌集』等の歌集をのこした。帝国美術院会員・帝室技芸員芸術院会員文化勲章受章。昭和29年(1954)歿、80才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

かとり‐ほつま【香取秀真】

[1874~1954]鋳金家・歌人。千葉の生まれ。本名、秀治郎。古典的な格調に時代感覚を備えた作品を制作。古代鋳金の研究を進め、「日本金工史」などを著した。子規門下の歌人としても知られ、歌集「天之真榊」がある。文化勲章受章。

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百科事典マイペディアの解説

香取秀真【かとりほつま】

金工家。本名秀次郎。千葉県生れ。東京美術学校卒。母校の教授,芸術院会員等を歴任,工芸界の重鎮となる。金工史家としても第一人者で,《日本金工史》茶の湯釜》等著書も多く,アララギ派歌人としても有名。
→関連項目根岸短歌会

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

香取秀真 かとり-ほつま

1874-1954 明治-昭和時代の鋳金家,歌人。
明治7年1月1日生まれ。大島如雲,岡崎雪声にまなぶ。昭和8年母校東京美術学校(現東京芸大)の教授となる。東京鋳金会,帝展工芸部を創設。12年芸術院会員。28年文化勲章。アララギ派の歌人としても知られる。昭和29年1月31日死去。80歳。千葉県出身。本名は秀治郎。別号に六斎,梅花亭。著作に「日本金工史」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

かとりほつま【香取秀真】

1874‐1954(明治7‐昭和29)
鋳金工芸家,歌人。本名秀治郎。千葉県出身。1897年東京美術学校鋳金科を卒業。大島如雲,岡崎雪声に学んだ。1900年パリ大博覧会に出品,銀賞牌を受ける。08年同志と鋳金会を創立。帝室技芸員,芸術院会員を歴任し,38年東京美術学校教授。53年文化勲章受章。日本,中国の古典的工芸をきわめ,かつ時代感覚の表出につとめ,近代鋳金界の第一人者となる。金工史家としても,《日本金工史》《金工史談》などのすぐれた著作があり,またアララギ派の歌人としても有名。

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大辞林 第三版の解説

かとりほずま【香取秀真】

1874~1954) 金工家。千葉県生まれ。本名、秀治郎。東京美校教授。鋳金を専門とし、伝統的な題材を近代的感覚で格調高く表現。アララギ派の歌人としても知られる。著「日本金工史」、歌集「天之真榊」など。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

香取秀真
かとりほつま

[生]1874.1.1. 千葉
[没]1954.1.31. 東京
鋳金家,歌人。本名,秀治郎。 1897年東京美術学校鋳金科卒業。同校研究科で鋳金技術を研究,1903年から母校で鋳金史を教えた。 29年帝国美術院会員,34年帝室技芸員。香炉,茶釜など,重厚な伝統的技術に鋭い近代的感覚を盛込んだ格調高い作品がある。

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世界大百科事典内の香取秀真の言及

【根岸短歌会】より

…和歌の革新にのり出した正岡子規を中心に東京上根岸の子規庵で始められた歌会。1899年(明治32)3月14日に香取秀真(かとりほずま),岡麓(ふもと)らが集まったのを第1回とし,以後回を重ねるごとに活発となり,伊藤左千夫,長塚節らが参加した1900年には最盛期を迎えた。詠草は新聞《日本》に発表され,ときには《心の花》などの諸雑誌にも及んだ。…

※「香取秀真」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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