馬謖(読み)バショク

デジタル大辞泉 「馬謖」の意味・読み・例文・類語

ば‐しょく【馬謖】

[190~228]中国三国時代蜀漢しょっかん武将あざなは幼常。諸葛亮しょかつりょうに重用され、先鋒総大将に任ぜられたが、軍令に背いて戦い敗北したので、軍律に従い、亮が涙をふるい処刑したという「泣いて馬謖を斬る」の故事で知られる。

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精選版 日本国語大辞典 「馬謖」の意味・読み・例文・類語

ば‐しょく【馬謖】

  1. 中国、三国時代、蜀漢の武将。湖北の人。字は幼常。才器を丞相諸葛亮に愛され、北征に際し先鋒(せんぽう)の総大将に任じられたが、軍令にそむいて敗北し、斬罪に処せられた。「泣いて馬謖を斬る」の故事で知られる。(一九〇‐二二八

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「馬謖」の意味・わかりやすい解説

馬謖
ばしょく
(190―228)

中国、三国蜀(しょく)の武将。字(あざな)は幼常。襄陽(じょうよう)宜城(ぎじょう)(湖北(こほく)省宜城県)の人。兄弟は5人あり、いずれも名声を得ていた。たとえば兄はのちに蜀の侍中となった馬良。馬謖は劉備(りゅうび)が荊(けい)州牧を称したおり、召応されてその従事となった。劉備に従って蜀に入り、県令、郡守を歴任した。才知に富み、軍計を論ずるのを好んだため、丞相(じょうしょう)の諸葛亮(しょかつりょう)(孔明(こうめい))に重用され、参軍に任じられた。祁山(きざん)の戦いの際には、宿将の魏延(ぎえん)や呉壱(ごいち)を差し置いて抜擢(ばってき)され、軍の先鋒(せんぽう)となった。しかし、規律に違反し、街亭において張郃(ちょうこう)の率いる魏軍に大敗したため、責任を問われて投獄され没した。一説には、孔明自らが馬謖を殺して衆に謝ったとされ、「泣いて馬謖を斬(き)る」の故事はこれに発している。

[上田早苗]

『渡邉義浩著、三国志学会監修『三国志研究入門』(2007・日外アソシエーツ)』『干涛著、鈴木博訳『実録三国志』(2008・青土社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「馬謖」の意味・わかりやすい解説

馬謖
ばしょく
Ma Su

[生]初平1(190)
[没]建興6(228)
中国,三国時代蜀漢の武将。襄陽 (湖北省) の人。字は幼常。5人兄弟で,ともに名声が高かった。謖は荊州従事の職にあったとき,劉備に仕えた。特に諸葛亮 (しょかつりょう) にその才能を愛され,常に亮に従っていたが,街亭の戦いで亮の指揮に従わず敗れ,その責任を問われて刑死した。

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