小説家。本名田口哲郎。東京生まれ。少年時に両親を失う。早稲田(わせだ)大学英文科卒業後、共同通信社に勤務するかたわら、1964年(昭和39)に立原正秋(たちはらまさあき)らと同人誌『犀(さい)』を創刊。戦争末期の疎開による喪失感のなかで投身自殺を遂げる母を描いた小説『北の河』(1965)により、第54回芥川(あくたがわ)賞を受賞。長編『少年たちの戦場』(1968)では学童疎開における孤独な日常生活の破綻(はたん)が語られ、こういった疎開体験は谷崎潤一郎賞を受けた『この国の空』(1983)へとつながる。ほかに『霧の湧(わ)く谷』(1966)、『谷間の道』(1968)などの短編や、青春への鎮魂歌ともいえる長編『虫たちの棲家(すみか)』(1973)などを発表し、老夫婦の日常生活を通して現代家族の風景を描く連作短編集『夜の蟻(あり)』(1989)で読売文学賞を受賞。高井には、自己の体験や身辺に題材を求めた作品が多いが、それらの体験を時間をかけて自己のなかで昇華させていく姿勢は一貫しており、過去と現在の交錯する重層的手法なども多く、単純に私小説とよべない性質をもつ。また、東北の風土を背景にしてある男の一生を描いた長編『雪の涯(はて)の風葬』(1970)や、高度成長期のなかで衰退していく映画産業界を舞台に男の夢と挫折(ざせつ)を描き、大仏(おさらぎ)次郎賞を得た長編『高らかな挽歌(ばんか)』(1999)のような作品もある。2002年(平成14)には、「今日、昭和が終った。」で始まる、私小説的恋愛小説でしかも歴史小説の長編『時の潮(うしお)』(野間文芸賞)を発表した。ほかに毎日芸術賞を受けた評伝『立原正秋』(1991)や、実感的作家論を中心とするエッセイ集『作家の生き死(しに)』(1997)などがある。
[柳沢孝子]
『『新鋭作家叢書 高井有一集』(1972・河出書房新社)』▽『『新潮現代文学74 高井有一』(1981・新潮社)』▽『『この国の空』(1983・新潮社)』▽『『群像日本の作家 石川啄木』(1991・小学館)』▽『『作家の生き死』(1997・角川書店)』▽『『高らかな挽歌』(1999・新潮社)』▽『『時の潮』(2002・講談社)』▽『『虫たちの棲家』(集英社文庫)』▽『『北の河』(文春文庫)』▽『『夜の蟻』(ちくま文庫)』▽『『立原正秋』(新潮文庫)』▽『『少年たちの戦場』(講談社文芸文庫)』▽『古屋健三著『「内向の世代」論』(1998・慶応義塾大学出版会)』
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