コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

高橋里美 たかはしさとみ

4件 の用語解説(高橋里美の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高橋里美
たかはしさとみ

[生]1886. 山形
[没]1964
哲学者。 1910年東京大学哲学科卒業。第六高等学校,新潟高等学校の教授を経て 21年より東北大学で教鞭をとった。 25年から2年間ドイツに留学,リッケルトフッサールらに師事したがコーヘンの影響が強い。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

高橋里美【たかはしさとみ】

哲学者。山形県出身。東大でケーベルに学び,1925年―1927年ドイツ留学。リッケルトフッサールに学ぶ。帰国後,東北大教授となり,新カント学派現象学の紹介に努めた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高橋里美 たかはし-さとみ

1886-1964 大正-昭和時代の哲学者。
明治19年11月28日生まれ。大正10年東北帝大理学部助教授となり,ドイツ留学後同大法文学部教授。フッサールの現象学をはじめて紹介,また弁証法,西田哲学の検討をとおして包弁証法的全体性の哲学をめざした。昭和24-32年東北大学長。33年文化功労者。昭和39年5月6日死去。77歳。山形県出身。東京帝大卒。著作に「全体の立場」「歴史と弁証法」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高橋里美
たかはしさとみ
(1886―1964)

哲学者。山形県東置賜(ひがしおきたま)郡上郷村上新田(現、米沢(よねざわ)市)に生まれる。県立米沢中学校から第一高等学校を経て、東京帝国大学文科大学哲学科卒業(1910)。同大学院在学中に「意識現象の事実と其(その)意味」を書き、学界の注目を集めた。第六高等学校、新潟高等学校の教授を歴任ののち、東北帝国大学理学部助教授(1921)として科学概論を講ずる。2年余のドイツ留学ののち、同大学法文学部教授(1928)、さらに山形高等学校長(1947)、東北大学長(1949)に選出される。その間、『フッセルの現象学』(1931)によって日本に初めて現象学を紹介し、また『全体の立場』(1932)をはじめとする諸著によって、日本古来の存在感情に根ざした独自の哲学体系を築き、西田幾多郎(にしだきたろう)や田辺元(たなべはじめ)らと並び称された。晩年には日本学士院会員(1950)、文化功労者(1958)。死後『高橋里美全集』が刊行された。[滝浦静雄]
『『高橋里美全集』全7巻(1973・福村出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

高橋里美の関連キーワード池上鎌三岩崎武雄植田清次勝部謙造川合貞一須田豊太郎速水敬二帆足理一郎松永材山元一郎

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

高橋里美の関連情報