高麗美術(読み)こうらいびじゅつ

改訂新版 世界大百科事典 「高麗美術」の意味・わかりやすい解説

高麗美術 (こうらいびじゅつ)

高麗時代は,仏教国教としたので,すぐれた仏画,仏像や仏具類が制作され,新羅時代の伝統を踏まえながら宋代の新しい技術を導入し,また金・元代美術の影響もうけながら新展開をみせた。

高麗仏画は,現在約100点ほどの作品の存在が知られ,その中に制作時期や画師の名を記した基本的な作品も約20点確認されている。そこで注目されることは,現存作品の制作時期が高麗時代末期に集中していて,高麗時代全体に及ぶものがみられず,現存作品で最古の紀年銘作品は至元23年(1286)の絹本著色阿弥陀如来像(日本銀行)で,高麗が元の支配下にあった時期の作品のみ残ったことになる。元来,高麗仏画は,中国仏画の影響をうけており,923年に使尹質が梁より帰って五百羅漢画像を献じて海州嵩山寺に置いたこと(《高麗史》巻一),1074年に文宗の使臣金良鑒が宋を訪れ図画を鋭意購求したことや,76年に崔思訓が画工数人を帯同し宋の相国寺の壁画を模写して帰国したこと(《図画見聞誌》巻六)などが知られる。現存作例でみるかぎり,高麗仏画は,図像上の狭窄(きようさく)性(主題の狭さ)と類似性,美しい文様表現に特色がある。図像の狭窄性は,観経変相図や弥勒下生経変相図などの変相図系阿弥陀三尊像や阿弥陀八大菩薩像などの阿弥陀如来像系,半跏像や座像の楊柳観音菩薩像系,被帽地蔵菩薩像や地蔵十王像などの地蔵菩薩像系,羅漢像系など,主題が顕教系にしぼられて密教系の題材がみられないことである。図像の類似性は,たとえば,京都知恩院と和歌山親王院の弥勒下生経変相図,東京の根津美術館と京都玉林院の阿弥陀如来座像,静岡のMOA美術館と京都松尾寺の阿弥陀三尊像,鳥取の豊乗寺と奈良長谷寺の楊柳観音座像,根津美術館と東京徳川黎明会の被帽地蔵菩薩立像などに認められるように,その像容や持物などがほとんど同一であること,そして細部の文様や彩色法に変化が加えられることである。文様表現は,金泥描の文様の緻密さに特色が認められる。高麗仏画は,その華やかな画業にかかわらず,画師について未知のことが多い。《高麗史》巻七十七に1178年に外職の一つとして西京平壌)に図画院幷属をおいたこと,《高麗史》巻八十の禄俸の条に諸衙門の工匠で役三百日以上のものに給せられるとして列挙される工匠に画業行首校尉,画業指諭の名がみえること,そして,《高麗史》巻百三十六に1386年正月,李仁任の女にして姜筮の妻の死に対し画師がその真を写した記事がみえることなどが注目されるのみで,画師の系譜や組織などの実態について不明なことが多い。

 高麗の鑑賞画は,金富軾,金君緩,李仁老などの墨竹,鄭知常,車原頫などの墨梅,そして,宋の徽宗に激賞された李寧(りねい)などの実景描写が知られる。また,忠宣王(在位1308-13)は,万巻堂を構え,閻復,姚燧,趙孟頫,虞集のように《元史》に名を残したすぐれた文人画家と遊び,さらに,江南の山水画家朱徳潤と友誼をむすび,江南水墨画の高麗への途をひらくなど,中国への傾斜がいちじるしい。

仏像に優れた作品が多く,鉄造,銅造,石造,塑造,木造乾漆造など多彩な素材を用いたが,鉄造,銅造,石造に優品がある。とくに,鉄仏は,新羅時代末期の造形感覚を保ちながら新しい様式を志向し,かつモニュメンタルな大きさを誇る作例が現存する。たとえば,韓国国立中央博物館蔵の旧景福宮所在の半丈六の鉄造釈迦如来座像と元京畿道広州郡東部面下司倉里所在の丈六鉄造釈迦如来座像には,新羅の古典美を意識した造形感覚が認められる。金銅仏にはモニュメンタルな作例がなく,ソウル松美術館の金銅三尊仏龕,霊塔寺の金銅三尊仏座像,長谷寺の金銅薬師如来座像,禅雲寺の金銅地蔵菩薩座像などが注目され,また,天暦3年(1330)銘の納入品をもつ日本の長崎県豊玉町観音寺の銅造観音菩薩座像や,至順2年(1331)銘の納入品をもつ韓国国立中央博物館の銅造観音菩薩立像など制作時期が明確なものもあるが,いずれも高麗時代末期の作品である。石仏は,法住寺の如来形倚像,安東泥川洞の阿弥陀如来像,大興寺北弥勒庵の如来形座像,北漢山旧基里の如来形座像などの磨崖仏,あるいは開泰寺址の如来三尊像,万福寺址の如来形立像,灌燭寺の菩薩形立像などの丸彫像などがあるが,いずれも様式的に類型的表現となっている。

まず1123年に徽宗の使として高麗を訪れた宋の徐競の《宣和奉使高麗図経》で評価された螺鈿(らでん)が注目できる。その技法は,新羅が唐より学んだものを高麗時代に国風化したと考えられ,《高麗史》によれば,中尚署に属する官営工厰において画匠,小木匠,漆匠,螺鈿匠,磨匠の分業により制作されたと思われる。高麗螺鈿の伝世品は,現在のところ十数点が知られ,東京国立博物館の毛利家旧蔵菊花唐草螺鈿経箱をはじめ,奈良当麻寺の花唐草玳瑁(たいまい)螺鈿盒子,京都桂春院の花唐草玳瑁螺鈿盒子など,のびのびした自由な文様表現に優れた作品がある。金工品は,現存作品からみるかぎり仏教関係のものが多く,梵鐘,鏧子(きんす),鰐口(わにぐち)などの梵音具,灯台,花瓶,香炉,鉢,水瓶などの供養具,その他,密教法具や荘厳具がある。その中では,大定17年(1177)銘の慶尚南道密陽県の表忠寺の香炉,大定18年(1178)銘の東京国立博物館の金山寺香炉,あるいは,韓国国立中央博物館と奈良大和文華館の水瓶などにみられる象嵌による文様や絵模様の表現が,とりわけすばらしく,高麗時代における象嵌技術の水準の高さを示している。陶磁器もこの時代に製作技術がめざましく向上し,各地に窯がおこった。その基盤は新羅時代の高火度の無釉陶器(新羅焼)に求められるが,高麗初期,中国の青磁,白磁の刺激を受けて新しい陶磁器が生まれた。11世紀末~12世紀初めには北宋代の青磁,白磁の影響下に高麗独得の翡色(ひしよく)青磁が,また12世紀半ばには象嵌青磁が創始された(高麗青磁)。高麗時代の工芸は,螺鈿技法にみられる精緻な文様の埋めこみ磨き出し,あるいは,同趣の金銀象嵌や青磁象嵌という特異な技法に独自の世界と美意識を発揮している。
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新羅時代の政治・文化の中心は,慶州を中心とした朝鮮半島東南部に偏在していたが,高麗時代に入って,北部の開城に首都がうつされるとともに,北進政策が進められ,顕宗(在位1010-31)のときには首都に外城を築いた。また半島西側の鴨緑江河口から東海岸の定平に至る千里長城を築いて北方民族に対する防備を固めた。開城には都城北辺の松岳山麓の満月台に王宮が設けられ,城内には仏教を国教として無数の寺院が建てられた。しかし,建国以来,遼(契丹),金(女真),元(蒙古)の相次ぐ入寇をうけ,王宮も幾度か兵火にかかり,焼失再建を繰り返した。また高宗(在位1214-59)のときには,蒙古の侵入を避けて40年間,江華城に遷都した。和睦により開城に還都し,満月台には高麗末期の恭譲王が築造した半月城と呼ばれる内城の遺址が残存する。

 高麗文化は,前半には遼の,後半には元の影響を受け,また,江華城に遷都中には,元に圧迫されて南遷した宋との交易を通じて宋風の建築様式(日本の天竺様(大仏様))が導入された。朝鮮における木造建築最古の遺構である鳳停寺極楽殿(12世紀)と,浮石寺無量寿殿(13世紀)の斗栱(ときよう)形式や,二重虹梁蟇股(にじゆうこうりようかえるまた)形式を基本とする架構方法は,唐様式を根強く継承している。また,鳳停寺極楽殿の頭貫(かしらぬき)木鼻を垂直に切った形式や,母屋桁(もやけた)下の架構の発達などは遼代建築の影響といえ,肘木(ひじき)繰形の形式には南宋伝来の天竺様の影響が認められる。このように高麗建築は,新羅時代に定着した唐様式を基本にして,新たに中国建築様式を採り入れて,朝鮮独得の建築様式である柱心包様式を確立している。さらに高麗末期,元王室から降嫁を受けるようになって,宮殿建築に元の様式が導入された。この様式は,日本の唐様(禅宗様)と同じ詰組みであるが,従来の伝統様式や折衷様式を含みこみ,多包様式というまったく新たな折衷様式を生み,これが次代の主流となった。石塔も新羅時代にひきつづき盛んにたてられた。四角型には蓮弁を用いた高麗型基壇をもつものがあらわれる。開心寺址石塔などには遼の紀年銘をもつばかりでなく,遼彫刻の一面を示す浮彫が見られる。八角,六角型石塔も北部(平南,江原以北)に多く残り,また特殊な型として敬天寺多層石塔があげられる。
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世界大百科事典(旧版)内の高麗美術の言及

【朝鮮美術】より

…このような朝鮮建築の特性は,同じく唐の様式を基本としながら,良材を得て早くから技術的改良を加えて和様化の道を歩んだ日本建築と対照的で,大陸的な壮大さを保ちつつ民族的な個性を発揮したものである。 以下では三国時代の建築について概観するが,高麗時代および李朝時代の建築については〈高麗美術〉〈李朝美術〉の項目を見られたい。
[百済]
 朝鮮半島の南西部を占めた百済は,高句麗との抗争の間に3度都を変えた。…

※「高麗美術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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