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高麗史 こうらいしKoryǒsa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高麗史
こうらいし
Koryǒsa

朝鮮,高麗朝の史書。朝鮮王朝 (李朝) の世宗の命により鄭麟趾らが撰し,文宗1 (1451) 年完成。紀伝体で書かれ,世系,凡例,修史官の氏名 33名を記したのち,本文は世家 46巻,志 39巻,年表2巻,列伝 50巻,目録2巻で総計 139巻から成る。世家は本来「本紀」となるべきところであるが,朝鮮は中国に対して臣属の礼をとり国王を諸侯と同格にしたためである。最後の王,辛ぐう (しんぐう) ,辛昌 (前廃王,後廃王) は偽姓であるとして世家に入れず,列伝に入れている。志は中国流に天文,暦,五行,地理,選挙,百官,食貨,兵,刑など 12志に分れ,各志によって修史官の編纂様式の差が目立っている。「釈老志」を欠いているのは朝鮮王朝の排仏思想の現れで,高麗文化史上重要な役割を果した仏教の記述の欠如は本書の大きな欠点とされている。また高麗史が繁簡よろしきを得ないとの感を受けるのは本書の原本である実録が契丹軍の侵入や内乱によって失われたためとされている。日本では 1908年国書刊行会が本書の洋製本を刊行,77年改補索引付きで4冊本を刊行した。また韓国では延世大学校東方学研究所から 61年索引付きで4冊本を刊行。北朝鮮では 57年3冊本が刊行され,63年ハングル訳の『高麗史』が刊行されている。

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デジタル大辞泉の解説

こうらい‐し〔カウライ‐〕【高麗史】

史書。139巻。高麗朝の歴史を紀伝体で記したもので、李朝世宗の勅命により鄭麟趾(ていりんし)らが撰。1451年成立。世家(本紀)46巻・志39巻・列伝50巻・年表2巻・目録2巻から成る。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうらいし【高麗史】

朝鮮,高麗王朝に関する歴史書。鄭麟趾らが1451年撰進。139巻。体裁は紀伝体で,目録・世家・年表・志・列伝から成る。〈世家〉は歴代王の事績を記すが,これを本紀ではなく世家としたのは,編纂時の宗主国明への遠慮による。〈志〉は12部門に分けて,高麗の諸制度を説明しており,〈列伝〉は后妃・王族以下多様な人々の伝記を収めている。高麗時代は外圧・内乱等の混乱による記録の亡失が多く,加えて,編纂者の錯誤もあって,ときに簡略・杜撰などの面がみられるが,最も基本的・体系的高麗王朝史として重要である。

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大辞林 第三版の解説

こうらいし【高麗史】

高麗朝の歴史を記した紀伝体の書。一三九巻。1451年完成。李朝の金宗瑞きんそうずい・鄭麟趾ていりんしらの撰。世家・志・表・列伝・目録に分かれる。別に編年体の史書「高麗史節要」がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高麗史
こうらいし

1451年、金宗瑞(きんそうずい)、鄭麟趾(ていりんし)らによって撰進(せんしん)された朝鮮、高麗一代に関する紀伝体史書。世家46巻、志39巻、年表2巻、別伝50巻、目録2巻、計139巻。1452年になった『高麗史節要』と並んで、高麗時代を研究するうえでの根本史料である。李朝(りちょう)における前朝高麗朝史の編集は、李朝の初年から着手され、たびたび改修が繰り返された。高麗滅亡(1392)ののち、60年を経てそれがようやく終了したのは、高麗末期の史実をどう解釈するかという問題に決着がついたからであろう。刊本に『高麗史』3冊(1977・国書刊行会)がある。[浜中 昇]

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