臨終のときとか,急死の場合とかに死者の名を呼び蘇生(そせい)させようとする行為。魂呼ばいともいい,とくに若者や産婦の死のときに行われる。愛媛県では急死者の場合には〈ひとよび〉といい,男が屋根の棟に登って名を呼ぶ。播磨の中部では末期(まつご)に先立ち,庭前の松樹のこずえに提灯をともして〈おいおい〉と叫んで蘇生を願ったという。魂呼びの例として歴史上著名なのは《小右記》などにみえる,藤原道長の娘で後冷泉天皇の母である嬉子の死亡時の例である。万寿2年(1025)8月5日の夜,陰陽師恒盛が嬉子の居所である東対の上に登り,嬉子の上で〈衣〉をもって名前を呼び,3度招いたというものである。なお,類似の例として,仁徳天皇が髪を解き乱して菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)のかばねにまたがり,3度名を呼び蘇生させたという話もある。
執筆者:田中 久夫
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死の前後に行う招魂呪術(しょうこんじゅじゅつ)。霊魂信仰では霊肉そろって初めて人は生きており、霊魂が肉体から遊離してふたたび戻ってこない状態を死と考えた。したがって息を引き取った直後に霊魂を呼び戻せば、蘇(よみがえ)る可能性があるとされた。中国古代の『礼記(らいき)』に記述があり、日本でも室町時代の公家(くげ)の日記などにも「魂よばひ」が多く出ている。ヨバフは呼び続ける意。明治時代の中ごろまでは全国で広く行われていた。枕元(まくらもと)で呼ぶもの、屋根に登って呼ぶもの、井戸の底に向かって呼ぶもの、西方を向いて遠ざかる霊を呼び戻すものなどがあり、他界(あの世)に向かう霊を取り戻そうとしていることがわかる。呼ぶ人は近親者のほか、居合わせた人がだれでも幾人でもよいという。しかし、名前を呼ぶことで蘇生(そせい)させうると信じる人は少なくなり、産婦や若者や突然の気絶の場合に限り、あるいは死者への礼儀や近隣への通告の意味で存続してきた。死にかけて蘇生した人の話に、三途(さんず)の川の渡し舟に乗ろうとしたら、後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえ、はっと気づいて生き返ったなどという話が、この習俗と対応して語られている。
[井之口章次]
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…播磨の中部では末期(まつご)に先立ち,庭前の松樹のこずえに提灯をともして〈おいおい〉と叫んで蘇生を願ったという。魂呼びの例として歴史上著名なのは《小右記》などにみえる,藤原道長の娘で後冷泉天皇の母である嬉子の死亡時の例である。万寿2年(1025)8月5日の夜,陰陽師恒盛が嬉子の居所である東対の上に登り,嬉子の上で〈衣〉をもって名前を呼び,3度招いたというものである。…
…沖縄各地では幼児の病気や夜泣きはマブイウトシ(魂落し)に帰され,落とした霊魂を身体に付着させる儀礼が行われる。ある人の臨終に際し,親族が屋根に登り,または井戸の底に向かってその人の名を呼び,離脱しようとする霊魂を呼び戻そうとする魂呼びの風習は各地に見られた。かつて各地で行われた首狩りは,首に内在する霊魂を獲得することにより,狩りえた側の豊饒性を増大させることを目的としたとされる。…
…こうした一連のモティーフの基底には,井戸が,他界との通路にあたっているという潜在意識が横たわっている。魂呼びは,臨終に際して,死者の名を大声でよぶ民俗であるが,その中でよく聞かれるのは,井戸の底をのぞきこんで,名をよぶという行為である。明らかに,井戸を通って,霊魂が死者の世界に赴くと考えた一端を示している。…
※「魂呼び」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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