コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

菟道稚郎子 うじのわきいらつこ

8件 の用語解説(菟道稚郎子の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

菟道稚郎子
うじのわきいらつこ

4世紀頃の皇子。父は応神天皇仁徳天皇の弟にあたる。幼少の頃から書物に親しみ,百済の阿直岐,王仁などを師に迎え,典籍に通じた。応神天皇に非常に愛され,その 40年に兄大鷦鷯尊 (おおささぎのみこと) が,天皇の問いに答えて「いまだ成人せぬ少子は最もかなし」とすすめたことにより,兄をおいて皇太子となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

うじ‐の‐わきいらつこ〔うぢ‐〕【菟道稚郎子】

応神天皇の皇子。多くの典籍を学び、父の信任も厚く皇太子になったが、父帝の死後、兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)(仁徳天皇)に皇位を譲るために自殺したという。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

菟道稚郎子【うじのわきいらつこ】

伝承の人物。〈わかいらつこ〉とも読む。応神天皇の皇子。阿直岐(あちき),王仁(わに)らに典籍を学ぶ。また兄の仁徳天皇に皇位を譲るため自殺したという。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菟道稚郎子 うじのわきいらつこ

記・紀にみえる応神天皇の皇子。
母は宮主宅媛(みやぬしのやかひめ)。百済(くだら)(朝鮮)からきた阿直岐(あちき),王仁(わに)にまなぶ。天皇に愛され皇太子となる。天皇の死後,兄の大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)(仁徳天皇)に位をゆずろうとし,ゆずりあうこと3年,ついに自殺して兄を即位させた。「古事記」では宇遅能和紀郎子。宇治若郎子ともかく。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

菟道稚郎子

生年:生没年不詳
応神天皇の皇子。母は和珥氏の宮主宅媛。『日本書紀』によると,百済から来日した阿直岐,王仁に学んで漢籍に通暁し,高句麗王の手紙を読んでその無礼を咎めたという。父応神に特に愛され,兄たちをさしおいて太子になったが,父の死後,兄(のちの仁徳天皇)に位を譲る。しかし兄も固辞して受けず,譲り合いが3年にもおよんだので,ついに自殺して兄を位に就けたという。儒教的聖君子として描かれている。しかし一方この皇子には,皇位を奪おうと兵をあげたもうひとりの兄大山守皇子を,策略を使って討ち取る話も伝えられている。宇治市の宇治上神社は皇子の居住した宮跡と伝える。『万葉集』巻9人麻呂歌集中に挽歌がある。

(溝口睦子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

うじのわきいらつこ【菟道稚郎子】

応神天皇の太子。母は和珥(わに)氏の宮主宅媛(やかひめ)(《古事記》では矢河枝比売(やかわえひめ))。天皇の死後,儒教思想によって兄の仁徳天皇に位を譲り死ぬ。和珥氏は他の豪族と異なり采女(うねめ)貢上の伝承をもつ(雄略天皇妃の童女君など)。また和珥氏の伝承は王権交替期に多く現れる。《古事記》で矢河枝比売は和珥氏伝承の服属の寿歌を歌い,御酒を献じて天皇の妃となる。この話は和珥氏の貢女伝承をもとに作られ,太子は仁徳天皇を顕彰するために置かれた人物であろう。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

うじのわきいらつこ【菟道稚郎子】

応神天皇の皇子。記紀によれば天皇に寵愛ちようあいされて皇太子となったが、兄の大鷦鷯尊おおさざきのみこと(仁徳天皇)に皇位を譲るために自殺したという。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

菟道稚郎子
うじのわきいらつこ

生没年不詳。応神(おうじん)天皇の皇太子。母は和珥臣(わにのおみ)の祖日触使主(ひふれのおみ)の女宮主宅媛(むすめみやぬしやかひめ)(『古事記』では矢河枝比売(やかわえひめ))。百済(くだら)から来朝した阿直岐(あちき)、ついで渡来した王仁(わに)についてもろもろの典籍を学び、通達せざるなしといわれた。天皇は長子大山守命(おおやまもりのみこと)、中子大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)よりも弟の菟道を愛し、後嗣(こうし)にしようとした。天皇の崩後、菟道は大鷦鷯に位を譲ろうとし、互いに譲り合い、その間、位をねらう大山守を大鷦鷯が殺した。菟道は自殺して大鷦鷯に譲ったため、大鷦鷯が仁徳(にんとく)天皇として即位した。[横田健一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

菟道稚郎子の関連キーワード大葉枝皇子仲姫命根鳥皇子隼別皇子彦坐王宮主宅媛物部山無媛八田皇女矢田皇女稚野毛二派皇子

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

菟道稚郎子の関連情報