鳥養牧(読み)とりかいのまき

日本歴史地名大系 「鳥養牧」の解説

鳥養牧
とりかいのまき

安威あい川の下流淀川との間に形成された沖積地にあった右馬寮所属の牧。鳥飼とも書いた。「延喜式」(左右馬寮)に「摂津国鳥養牧右寮」とみえ、同国豊島てしま(現箕面市)為奈野いなの(現兵庫県伊丹市)などとともに、京都の近くに所在した近都牧六ヵ所の一。同書によれば、これらの牧では諸国貢進の馬牛を飼育、諸節会および行幸などの際に必要に応じて牧馬を京都に送った。京都への招集は寮が当該国へ通知し、牽送・管理は国司の責任で行われたが、鳥養牧と豊島牧だけは右馬寮が直接放飼・繋飼する直属の牧であった。鳥養牧の成立は不明であるが、近都牧は令制の牧にかわって新しく設立されたもので、同時に大同三年(八〇八)に兵馬司が馬寮に併合されて牧に対する実権も兵馬司から左右馬寮に移ったとする見解があり、これにしたがうならば九世紀までさかのぼりうる。昌泰元年(八九八)一一月一一日の太政官符(類聚三代格)によると、淀川沿いの公私の牧の牧子らが、河岸を牽引する諸国雑物の運漕船に濫妨し掠奪している。鳥養牧などの牧馬放・繋の任にあたった牧子が、代償として与えられた身分的特権や土地専用権を主張して妨害を加えたとみられ、権門と結び付いた武装集団にまで成長していたものと考えられる。のちの鳥養牧の在地領主は牧子としての活動から出発したものであろう。

鳥養牧には別業地や港津も設けられていた。「大和物語」に亭子の帝(宇多法皇)が鳥飼院に遊行したとき、大江玉淵の娘を召して「鳥飼」という題で和歌を詠ませた話がみえるが、鳥飼上とりかいかみの北部に御所垣内ごしよかいとという小字があり、鳥飼院があったところと伝えている。また「土佐日記」に「なほかはのぼりになづみて、とりかひのみまきといふほとりにとまる」の記載があり、承平五年(九三五)二月八日、土佐から帰洛の途中紀貫之一行は、淀川をさかのぼって鳥養牧に停泊、鮮魚をもらった返礼に米を与えている。長元八年(一〇三五)五月二二日、さきに賀陽かや(高陽)(跡地は現京都市中京区)での歌合に勝った藤原経輔らとともに願ほどきに住吉社(現住吉区)に参詣した藤原頼通は、翌二三日の帰途、「過鳥飼御牧之間、左馬頭良経朝臣便有其儲也、盃盤之備尽水陸之珍」と当地で遊宴を催している(関白左大臣頼通歌合)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

百科事典マイペディア 「鳥養牧」の意味・わかりやすい解説

鳥養牧【とりかいのまき】

摂津国島下(しましも)郡の安威(あい)川下流と淀川との間の沖積地にあった右馬(め)寮所属の。現大阪府摂津市域にあたる。鳥飼とも書いた。《延喜式》にみえ,京都の近くに所在した近都(きんと)牧6ヵ所の一。これらの牧では諸国から貢進された馬牛を飼育,諸節会(せちえ)および行幸(ぎょうこう)などの際に必要に応じて牧馬を送った。当牧には別業(なりどころ)地があって〈鳥飼院〉が営まれ,宇多法皇が遊行している(《大和物語》)。また淀川の港津もあり,935年土佐から帰洛途中の紀貫之(つらゆき)一行は〈とりかひのみまきといふほとり〉に停泊している(《土佐日記》)。その後も藤原頼通(よりみち)が2度にわたって立寄ったことが記録されている。12世紀までは続いていた鳥養牧は,その後耕地化が進んで所領化されたらしく,左馬寮領の荘園となり,鎌倉時代には西園寺(さいおんじ)家が所務(しょむ)職を管掌していたと推定される。室町時代には同じ西園寺家流の洞院(とういん)家と今出川菊亭(いまでがわきくてい)家との間で所務職(あるいは領主職)をめぐって係争があり,今出川菊亭家の管轄に落着している。鳥養牧には〈猿楽(さるがく)座〉が結成されていた。1395年には山城醍醐寺清滝(きよたき)宮で上演,その後水難座衆が分散したが,1412年に再興されて宿願東寺教王護国寺)八幡宮神事出演を認められた。1418年には山城伏見の御香宮(ごこうぐう)で上演,1441年には東寺八幡宮の楽頭(がくとう)職に任じられて法楽猿楽を興行している。

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改訂新版 世界大百科事典 「鳥養牧」の意味・わかりやすい解説

鳥養牧 (とりかいのまき)

摂津国島下郡(現,大阪府摂津市)の牧。平安時代左右馬寮が経営した近都六牧の一つ。淀川下流にあり右馬寮に属した。近都牧は諸国から貢上されてきた馬牛を,必要に応じて京につれてくるため一時的に放牧しておく都近辺の牧である。935年(承平5)紀貫之が土佐国より帰国の途中,鳥養牧の近くに宿泊し,また1048年(永承3)関白藤原頼通の高野詣の帰路,同牧の辺に到着したことなどが知られる。近都牧は時代とともに衰退し,同牧も早く牧としての実体を失ったと考えられる。南北朝期の《洞院公定日記》や《園太暦》などに鳥養牧のことが散見するが,詳細は不明。
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