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鳳潭 ほうたん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鳳潭
ほうたん

[生]?
[没]元文3(1738).2.
江戸時代中期の華厳宗僧。越中の人。鉄眼禅師に師事。奈良や比叡山で諸宗の奥義をきわめ,江戸において大聖道場に華厳教学を講義し,諸宗の学者と論争した。享保8 (1723) 年華厳寺を開創して,述作と論難に努めた。

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デジタル大辞泉の解説

ほうたん【鳳潭】

[1654~1738]江戸中期の華厳宗の僧。顕密の諸宗を究め、さらに南都に学び、華厳宗の再興に力を尽くした。著「華厳五教章匡真鈔」。芳潭。

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百科事典マイペディアの解説

鳳潭【ほうたん】

江戸中期の僧。摂津(せっつ)(一説に越中(えっちゅう))の人。鉄眼(てつげん)に禅要を受け,インド渡航を志して果たさず,華厳(けごん)宗の復興を図って,京都の松尾(まつお)に華厳寺を開創した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鳳潭 ほうたん

1659-1738 江戸時代前期-中期の僧。
万治(まんじ)2年2月15日生まれ。華厳(けごん)宗。鉄眼(てつげん)道光の門下。諸宗の学僧と論争をかさね,おおくの著書をあらわした。享保(きょうほう)8年京都松尾に華厳寺を創建。元文3年2月26日死去。80歳。享年は一説に85歳。摂津池田(大阪府)あるいは越中(富山県)出身。俗姓は喜多。法名は僧濬(そうしゅん)。号は華嶺道人,幻虎道人。字(あざな)は芳潭ともかく。著作に「華厳五教章匡真鈔(きようしんしよう)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鳳潭

没年:元文3.2.26(1738.4.14)
生年:万治2(1659)
江戸中期を代表する華厳宗の学僧。僧濬は諱。芳潭ともいう。摂津(大阪府)池田の出身。喜多宗伯の子。16歳で出家し,鉄眼道光の門下となる。八宗を兼学して多くの著作を著し,諸宗の学僧と論争する。特に華厳にすぐれ,澄観や宗密を華厳の祖師として認めず,智儼や法蔵の古義にもどることを主張した。鳳潭が比叡山延暦寺の経典講習に参加したとき,講義が難解なために聴衆がついに彼ひとりになり,講義が中止になろうとした。鳳潭は翌日,伏見人形10個を聴講席に並べ続講を請うた。彼の熱意にうたれた講師は講義を続けたという。華厳寺(京都市西京区)を創建。著書は『法華文句会抄』など。<参考文献>亀谷聖馨・河野法雲『華厳発達史』

(松尾剛次)

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうたん【鳳潭】

1659‐1738(万治2‐元文3)
華厳宗の学僧。摂津国池田町(大阪府)の人とも,越中国埴生村(富山県)の人ともいう。名は僧濬(そうしゆん),号は華嶺道人,幻虎道人。1674年(延宝2)瑞竜寺鉄眼禅師に就き,華厳宗復興を勧められ,その興隆を志した。以後,興福寺東大寺で学び,93年(元禄6)京都泉涌(せんにゆう)寺で受戒し,さらに比叡山で就学した。宝永年間(1704‐11)江戸に下って大聖道場で《華厳経》を講じ,諸宗学徒が参集した。生涯他宗僧侶との論争を重ね,真言宗の慧光・実詮,浄土宗の義海,同西山派の顕恵,天台宗の光謙・守一・性慶,真宗の法霖・知空・慧海・性均,日蓮宗の日達・日諦などと,相互に著書を著し応酬した。

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大辞林 第三版の解説

ほうたん【鳳潭】

1654~1738) 江戸中期の華厳宗の僧。鉄眼道光に禅を学ぶ。華厳宗中興の祖と呼ばれる。著「華厳五教章匡真鈔」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鳳潭
ほうたん
(1659―1738)

江戸中期の僧。本名は僧濬(そうしゅん)。鳳潭(芳潭とも書く)は字(あざな)。号は華嶺(かれい)道人、幻虎(げんこ)道人。生まれは摂津国(大阪府)とも越中(えっちゅう)国(富山県)ともいう。父は喜多宗伯。母は河内(かわち)氏。出家を許さぬ父と親子の縁を絶って慧極(えごく)の門に投じた。その後、請われて瑞龍鉄眼(ずいりゅうてつげん)の室に入り、僧濬菊潭の四字を授けられた。のちに鳳潭と改めた。鉄眼から華厳(けごん)宗の復興を嘱され、南都に行き清慶(せいけい)に学び、北嶺(ほくれい)では光謙(こうけん)に学んだ。つねに新機軸を打ち出し、『倶舎論(くしゃろん)』は『倶舎論記』中の普光の著「光記」と法宝の疏(しょ)「宝疏」の二記に、『大乗起信論(きしんろん)』は法蔵(ほうぞう)の著『大乗起信論義記』によって学ぶべきであると説き、『五教章匡真鈔(きょうしんしょう)』10巻を著し、智儼(ちごん)、法蔵を中国華厳宗の正統とし、澄観(ちょうかん)、宗密(しゅうみつ)を排斥した。1715年(正徳5)山城(やましろ)国(京都府)松尾(まつのお)の華厳寺を道場と定め、真言(しんごん)、浄土、日蓮(にちれん)の諸宗とも論争した。著述を事とし、華厳、天台、三論、戒律関係の著述多数を残している。[池田魯參]

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世界大百科事典内の鳳潭の言及

【論理学】より

…因明の研究はその後日本では連綿と続けられ,多くの注釈書がつくられた。江戸中期のすぐれた学僧である鳳潭の著《因明入正理論疏瑞源記》はそうした注釈の一つとして有名である。因明論理学は,単なる理論としてでなく,奈良時代から論議のために実用としても利用されてきた。…

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