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鉄眼道光 テツゲンドウコウ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鉄眼道光 てつげん-どうこう

1630-1682 江戸時代前期の僧。
寛永7年1月1日生まれ。黄檗(おうばく)宗。浄土真宗から禅に転じ,長崎で隠元隆琦(りゅうき),木庵性瑫(もくあん-しょうとう)にまなぶ。大坂の瑞竜寺をひらく。全国をまわり資金をあつめ,十余年をついやして天和(てんな)元年鉄眼版(黄檗版)大蔵経(だいぞうきょう)六千九百余巻を刊行。天和2年3月22日死去。53歳。肥後(熊本県)出身。俗姓は佐伯。諡号(しごう)は宝蔵国師。
【格言など】世の中の人名利の酒に酔いてついに正念なく財宝の縄につながれて一生自由ならず

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鉄眼道光
てつげんどうこう
(1630―1682)

江戸前期の黄檗(おうばく)宗の僧。鉄眼版(あるいは黄檗版)大蔵経(だいぞうきょう)の開版で知られる。肥後(ひご)(熊本県)に生まれる。13歳で出家し、のちに京都に出て黄檗宗の隠元隆(いんげんりゅうき)や木庵性(もくあんしょうとう)に就いて学ぶ。1668年(寛文8)大蔵経の版木をつくって印刷することを決意し、経典の講義を行うなどしてその資金を集めた。宇治の黄檗山万福寺の寺中に宝蔵院を建て、版木の貯蔵所とし、京都には印房を開いて、開版事業に奔走。73年(延宝1)、大眉性善(だいびしょうぜん)より、黄檗山内の塔頭(たっちゅう)(子院)東林庵を譲り受け、宝蔵院をここに移転した。76年には木庵の法を嗣(つ)ぎその弟子となり、78年に開版事業を完成させた。この間に、江戸・青山に開蔵寺(のち海蔵寺)を建立し、和泉(いずみ)(大阪府)に瑞竜(ずいりゅう)寺を再興するなどの活動をみせ、82年(天和2)、近畿地方の大飢饉(ききん)には難民救済に尽力し、同年3月22日に53歳で寂した。[廣瀬良弘]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

鉄眼道光 (てつげんどうこう)

生年月日:1630年1月1日
江戸時代前期の黄檗宗の僧
1682年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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