黄瀬川宿(読み)きせがわのしゅく

百科事典マイペディア「黄瀬川宿」の解説

黄瀬川宿【きせがわのしゅく】

駿河国にあった古代末期から中世宿駅。木瀬川・木世川とも書いた。黄瀬川狩野(かの)川の合流点西部に位置し,現在の静岡県沼津市大岡に木瀬川の通称地名が残る。《吾妻鏡》治承4年(1180年)10月18日条によると,源頼朝軍勢当地に宿営している。その後,頼朝は富士川の戦で勝利し,この地で奥州から駆けつけた源義経と対面している。鎌倉・箱根方面と伊豆国・駿河国・甲斐国を結ぶ要衝に置かれた宿駅で,鎌倉幕府は軍事面から当地を重視した。室町幕府も同じく当地を重視し,1402年当時は天竜川大井川富士川などとともに当地に渡しがあり,今川氏がその奉行に任じられていた。1569年から1570年にかけて,武田信玄と北条氏政が黄瀬川を挟んで対峙(たいじ)している。江戸時代には駿河国駿東(すんとう)郡木瀬川村となった。

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精選版 日本国語大辞典「黄瀬川宿」の解説

きせがわ‐しゅく きせがは‥【黄瀬川宿】

静岡県沼津市大岡、かつての黄瀬川の流路西岸にあった古い宿駅。治承四年(一一八〇)源頼朝と源義経が対面した。

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世界大百科事典 第2版「黄瀬川宿」の解説

きせがわのしゅく【黄瀬川宿】

静岡県沼津市内にあった中世の宿駅。古代以来の東海道が伊豆国府(三島)に入る直前の西側にあり,《吾妻鏡》にしばしば記事がある。1180年(治承4)10月,富士川の戦の前後に源頼朝以下の将兵はここに宿営したが,とくに戦いのあと,敗走の平氏軍を追って上洛しようとする源頼朝に対し関東の武将が東国経略を先にすべきことを諫言したこと,奥州より来着した源義経と初めて対面したことで有名。【福田 以久生

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