ナチ党(ナチス)の親衛隊Schutzstaffelの略称。1925年にヒトラー個人を保護する組織として設立され、突撃隊SA(エスアー)に属したが、29年以後ヒムラーのもとでナチ党内の警察機能をもつに至り、34年6月のレーム事件ではヒトラーに協力し、突撃隊にかわる党の軍事組織となり、国防軍を脅かす存在となった。36年、ヒムラーが全ドイツの警察を手中にすると、親衛隊と警察は人的、組織的に融合した。親衛隊の組織は複雑で、重要機関にナチス人種理論を実現するための「人種局」、ゲシュタポ(秘密国家警察)を含む公安情報機関「保安隊SD(エスデー)」などがあるが、中核をなすのは「武装親衛隊」で、強制収容所を管理した「髑髏(どくろ)隊」もこれに属する。39年以後親衛隊の組織は拡大し、独自の企業すら経営した。またナチス・エリートとしての親衛隊の指導者養成機関としてユンカー学校が設けられていた。隊員数は29年300人、33年初め5万人、45年90万人といわれる。
[吉田輝夫]
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…略してSSともいう。通常の方式に比べて極端に広い周波数帯幅を使用して情報の伝送を行う一種の広帯域伝送方式。…
…この時期には内政面では,財界,外務省,陸軍に残る保守派が重要ポストから排除され,ナチ党指導部の対外進出の構想に基づいた国内秩序の方向づけが基本的に貫徹する。また,レーム事件以来突撃隊に代わって台頭して来た親衛隊Schutzstaffeln(SSと略す)がヒムラーHeinrich Himmler(1900‐45)を頂点にして,国家秘密警察(ゲシュタポ)と強制収容所を管理し,民族裁判所も加わって法治主義が決定的にゆがめられる〈親衛隊国家〉が登場する。対外的には,38年3月の独墺合邦,同9月のミュンヘン会談を経て翌39年3月にかけてズデーテン地方の奪取とチェコスロバキアの解体,そして39年8月には,衝撃的な独ソ不可侵条約を成立させて東方の安全を確保したうえで,同9月,ポーランドに進入して,英仏両国の対独宣戦布告をひきだし,第2次世界大戦の口火を切る。…
… 1933年ナチスの権力掌握後,第三帝国政府は35年いわゆるニュルンベルク法を制定し,ユダヤ教徒だけではなく,たとえユダヤ教を捨てていてもその祖父母4人のうち3人がユダヤ教徒であった者は〈完全ユダヤ人〉とみなすという〈血の理論〉に基づいて〈ユダヤ人〉を設定し,彼らから市民権を奪い,彼らの市民生活さらに私生活にあらゆる制限を加え,38年11月にはポーランド人青年による在パリ・ドイツ大使館員狙撃事件を口実に,〈ユダヤ人〉に対する大規模な迫害・略奪を行った。同時に〈ユダヤ人〉政策の主要推進力となったSS(ナチス親衛隊)は,〈ユダヤ人〉の国外追放を進めた。シオニスト団体はこの間SSと協力してドイツおよびハンガリーなどの諸国からの〈ユダヤ人〉のパレスティナへの移住の組織にあたった。…
…SSと略称される。水中に懸濁している物質。…
…指標値は特別の場合を除いてppm(mg/l),ppb(μg/l)などの濃度で表示される。
[物理化学的指標]
SS(浮遊物質)はほぼ1μmの孔径のろ紙でこした残渣の量で表され,水の外観を規定する。清浄河川でも25ppm程度を含み,湖沼ではSS1ppmのとき透明度は1m程度になる。…
…1938年渡米。彼は乳幼児の微笑反応,8ヵ月不安に関する研究をはじめ,母親と離別した乳児の深刻な反応である依存抑鬱(よくうつ)anaclitic depressionや,施設収容児が精神・身体発達の著明な遅れを示すというホスピタリズム(施設症)などを明らかにしたほか,神経学,精神身体医学にまで及ぶ,実証的・実験行動学的理論を展開し,母子関係の成立ちを中心とした乳幼児の精神発達の研究に大きく貢献した。75歳でコロラド大学大学院の教授の職を辞したのち,63年,スイスのジュネーブに移ったが,その後もなお小児精神病の治療と研究に従事した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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