生物が進化してきた道を図示したもの。進化論以前には,生物学者は現在生存している生物のみを考えればよかったので,地球上の生物についてまず種を明らかにし,似かよった種を集めて種々の分類群taxonにまとめていった。つまり種の上に属,科,目,綱,門などを,また種の下に亜種や変種や品種などの分類群をつくったのである。しかしこれだけでは,これらの分類群が互いにどのような関係をもっているか明らかにならないので,なんらかの形でそれを表示する必要が生じた。自然界の生物は植物から動物,人間というように,また動物の中でもアメーバのような簡単なものからサルのような複雑なものまで,一連につながっているという考え方が古くからあって,この考えによれば,生物をいわゆる下等なものから高等なものへ,すなわち構造の簡単なものから複雑なものへと,ただ一直線に並べればよいわけである。アリストテレス以来このような考えは多くの学者の頭にあったようである。リンネも同様な考えをしていたが,ただ直線より平面地図のように表すべきだと考えていた。
パラスP.S.Pallasは種と種の関係はちょうど木の枝のようなもので,植物や動物の各群は一直線に並べるべきでなく,枝分れした関係にあるものであると考えた(1766)が,これを図示したわけではなかった。真実の系統樹がつくられたのはもちろん,系統という考えがはっきりした進化論出現以後のことであって,ラマルク,ウォーレス,ダーウィンに始まる。ラマルクは簡単ながら動物の各群が枝分れした関係にあることを図示し(1809),ウォーレスは生物の各群は木の枝のような枝分れで示されることをいい,ダーウィンは有名な《種の起原》(1859)で系統樹のりっぱな模型を示している。しかし,ダーウィンはこれに具体的な実際の生物群を入れてはいない。ヘッケルはこれを具体的に生物のすべての群をはじめて系統樹に表した(1866,図1)。彼の系統樹では,まず植物,原生生物Protista,および動物の三つの大きな枝分れとなり,それがしだいに分岐して多くの枝を出している。また彼は分類群と系統樹とを結びつけて考え,幹の大きな分れは門に,次の枝は綱に,次には目,科,属というように枝分れし,さらに種,変種というように小枝が出て,その先端に個体という葉がつくというように考えた。ヘッケル以後,系統樹には数多くの表し方が研究され,系統樹は体系を簡単に表すもので,一目で各群の配列がわかるところから広く用いられるようになった。また見やすいために教育上にも便利なものとして用いられてきた。日本では,池野成一郎による植物の系統樹,谷津直秀による動物の系統樹が広く用いられた。
一般に骨を残さない動物や植物は化石を得ることがひじょうに困難である。また,小さな分類群の中でも,遺伝的な実験によって系統の証明をすることができないものが多い。したがって普通は,現生の生物のあらゆる形質を比較して得た自然分類による体系から推理して系統樹を作成することになる。ところが学者によっては,このように化石を考慮しないものを〈樹状図dendrogram〉として系統図から分けて考える。しかしこれも程度問題であって,化石が出てそれを考慮に入れても,今まで知られている系統に矛盾しないことがあり,これらを広い意味では系統樹といってもさしつかえはない。ただつねに注意しなければならないことは,つねに現存の生物は現存の生物から進化しているのではなく,近くか遠くかの共通の先祖をもつということである。つまり,現在の生物はすべて枝分れの末端にあるということである(図2)。
系統樹はもちろん時間が考えにはいるわけで,その点で立体的に図を書けば考えはさらにはっきりする(図4)。このようにして表された例も多いが,実際にはこの立体系統樹の方式は見るのに不便で,系統樹の特徴であるわかりやすさをこわしてしまう。それで平面に投影したものを用いたほうがよい。図2の半翅(はんし)類の系統樹のようなものも立体的に考えられるが,しかしこれはいわば図4の立体図のxy面に投影したものである。しかしもう一つの投影の方法がある。それはxz面への投影である。図3は植物の各門を表した系統樹であるが,平面的にのみ考えればこれは体系図であるといえる。しかし,この群を示す円の中央の黒円をこの群の過去のもの,つまり図4の立体図のA,B,Cに対するa,b,cの部分と考えれば,図3の体系図が系統樹をも表すことがわかるであろう。このような図の表し方の特徴は,体系図をはっきり示し,その体系がなぜ成立するかを示す各群のおもな形質を書き入れることができる点にある。これに対して分化していくありさまを時間的に示すことができないという点は,図2の様式に劣るといわなければならない。
→系統発生
執筆者:木村 陽二郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
動物や植物の種々の類の間の類縁関係を、推定される進化の道筋に従って、枝分れした樹木の形をまねて表示したもの。現在、地球上には多種多様な動物や植物が生存しているが、それらは太古の時代に出現した原始生物から進化してきたものと考えられている。その道筋では数多くの生物が現れては絶滅し、その一部のものから分化して種々の生物が現れるということが繰り返されてきたことであろう。現存の生物はこのようにして進化した分枝の生き残りの末端にあたることになる。したがって、人間が猿から進化したというような表現は、現存している猿類から人間が進化してきたのではなく、両者が共通の祖先から分かれて進化したというほうが適当である。鳥類が爬虫(はちゅう)類から進化したといわれるのもこれと同様で、現在のヘビやトカゲが進化し変形して鳥になったわけではなく、どちらとも異なる共通の祖先から別々に進化してきたと考えられる。
系統樹はこのような進化の過程を多数の枝分れをもつ樹木の形に例え、もとの幹から太い枝、小枝へ、さらに細い枝へ分かれるように、門(もん)から綱(こう)、目(もく)、さらに科へと分かれる形で、各生物群の間の類縁関係を表している。系統樹を作成するには、形態、発生学・古生物学などの知識を総合することが必要であるが、とくに化石は、過去に生存していた生物の形態を知り、類縁を探ることができるので重要である。多くの化石が得られ、時代とともに生物の進化するようすがわかる生物群(たとえば脊椎(せきつい)動物)では、ほぼ完全な系統樹がつくられ、主要な動物群の系統的な位置も形態や発生の比較によってだいたいにおいて定まっている。しかし、いわゆる下等動物とか下等植物とよばれるような生物群では、類縁を示すような祖先型の化石がごく一部しか知られておらず、比較できる特徴も少ないので、相互関係の不明なものが多く、この面ではいまだに不安定である。ただ近年、原核性生物の化石が先カンブリア紀から発見されたことは注目される。
近年、集団遺伝学と分子生物学の発展に伴って、相同タンパク質のアミノ酸配列の比較によって、異なった生物の間の系統上の距離を計算し、これに基づいて系統樹をつくることが試みられている。今後さらに多くの生物について比較されれば、従来の系統樹の不明確な部分が改良されることになるであろう。
初めて系統樹をつくったのは1776年ドイツの博物学者パラスP. S. Pallas(1741―1811)であるというが、動物では新ヘッケル派によるものが広く用いられており、植物ではエングラーの分類を基本としたものが一般的である。
[中根猛彦]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…生命の樹と向かいあう動物のモティーフは,イスラム文化を通して中世ヨーロッパおよびアジアにひろく伝播(でんぱ)した。生命の樹
[元祖的イメージ――系統樹]
生命の樹のイメージは,民族または家族の神秘的根源の象徴となる。多くの民族において,木は元祖である父または母と同一視される。…
※「系統樹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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