資本主義のもとでの家内労働とは、業者(製造業者または問屋(といや))から原材料や機械・器具などの生産手段の提供を受けて加工を施したのち、製品または半製品を業者に納入することによって加工賃を得ている労働形態をいう。家内労働者は、基本的な生産手段を所有していない事実上の賃労働者であり、独立した自営業者と区別される。業者と家内労働者との間に仲介人(請負人)が介在することによって中間搾取が行われることがある。家内労働者は通例自宅で同居親族などの補助者とともに孤立して作業に従事しており、協業形態を原則とするマニュファクチュアや機械制大工業と対比される。
[伍賀一道]
家内労働の歴史的発展過程は次のとおりである。
(1)資本主義成立以前の小商品生産段階の独立した都市家内工業や農家副業としての家内労働
(2)資本制生産への過渡期のマニュファクチュア段階で商人資本に従属した問屋制(といやせい)家内工業
(3)機械制大工業が確立したもとで工場生産の周辺部に資本によって編成された家内労働の形態
(3)には機械制大工業の資本が機械体系に包摂しにくい周辺工程を家内労働に担当させる場合と、小零細資本が工場制生産に対抗するために低賃金・低労働条件の家内労働を利用する場合とがある。(1)(2)(3)を対比すると、(1)では当時の工業の発展段階を代表する家内工業の担い手として家内労働者は独自の歴史的位置を占めていたのに対し、(2)(3)になると家内労働者は商人資本や大工業資本に従属した賃労働者となる。機械制大工業のもとでの家内労働は近代的家内労働とよばれる。その担い手は女性や年少者、高齢者、没落した自営業者などの不熟練労働者である。彼らは大工業や大農業経営から排除された相対的過剰人口の停滞的形態に属し、低賃金、過長労働時間、不衛生な作業環境のもとに置かれ、労働者全体の労働条件を押し下げる役割を果たした。
[伍賀一道]
家内労働に対する法的規制については、工場法が世界に先駆けて成立したイギリスにおいても19世紀末まで放置されていたが、ウェッブ夫妻らの社会改良家は家内労働を「苦汗労働問題」と位置づけ、その法的規制の必要性を主張した。これは1909年の賃金委員会法Trade Boards Act(最低賃金法の一種)の制定をもたらした。イギリスに続いてドイツの家内労働法(1911)、フランスの家内労働法(1915)などが制定された。
日本では第一次世界大戦後の産業「合理化」過程で、ILO(国際労働機関)において欧米諸国から日本商品のソーシャル・ダンピングが非難されたのを契機に家内労働が社会問題化したが、工場法(1911年制定、1916年施行)の適用もなく、家内労働は野放し状態に置かれていた。第二次世界大戦後に制定された労働基準法(昭和22年法律第49号)は雇用形態を問わず全労働者に適用されたが、内職などの家内労働者については行政解釈によって同法の適用は除外された。1959年の最低賃金法(昭和34年法律第137号)においてようやく最低賃金とのかかわりで家内労働者の最低工賃の決定が取り入れられ、これは1970年の家内労働法(昭和45年法律第60号)に引き継がれた。同法は最低工賃の決定にとどまらず、家内労働手帳の交付による委託条件の明確化、就業時間の是正、委託打ち切りの予告、工賃の支払い規定、安全衛生改善措置、家内労働審議会設置など、家内労働全般にわたる規制を定めた。
[伍賀一道]
厚生労働省の「家内労働実態調査」によると、日本の家内労働者は高度成長期を通して増大してきた。1962年(昭和37)の85万人から1970年の181万人へ、そして1972、1973年には184万人(このほかに同居親族の補助者20万人)とピークに達したが、石油危機(1973)を契機とする低成長経済への転換の下で、生産調整のあおりを受けて家内労働者への委託が減少した。これに伴い家内労働者数は1975年の156万人以降、1985年115万人、1995年(平成7)55万人、2000年33万人、2005年21万人、2009年15万人と急減している。
ピーク時から2009年まで男女の比は変わらず、女性が家内労働者の90%以上を占めている。また類型別では、主婦などの内職的家内労働者が圧倒的に多く(2009年13.7万人)、残りは世帯主が本業として従事している専業的家内労働者(同、0.7万人)、本業の合間に従事する副業的家内労働者(同、0.1万人)からなっている。業種別では繊維関連、機械器具、雑貨製造などに従事する家内労働者が8割近くを占めている。さらに地域別では愛知、静岡、大阪、東京など大都市を抱えた都府県に集中している。
家内労働者の労働条件は、他の非正規雇用労働者と比べても一段と低水準である。厚生労働省「家内労働等実態調査」(2006)によれば、女子家内労働者1時間当りの平均工賃(458円)は、女子パート労働者の1時間当り賃金(940円、「平成18年賃金構造基本統計調査」による)の半分に達しない。また男子家内労働者の工賃(1時間当り688円)との格差も大きい。家内労働者の平均年齢は一般労働者と比べて高く(男子63.9歳、女子55.2歳)、家内労働に従事してきた経験年数の長期化が目だっている(男子18.8年、女子11.5年)。家内労働者のなかには危険有害業務に従事している者も相当数存在しているため、工賃面にとどまらず安全衛生上の改善が必要である。
前述のごとく、家内労働者は急減傾向にあるが、これとは別に1990年代後半ごろよりパソコンやインターネットなど情報通信機器を用いた新たな形態の在宅就業(テレワーク)が増加している。その人数は数十万人とも100万人ともいわれるが、正確な統計はない。厚生労働省「情報通信機器の活用による在宅就業実態調査」(2001)によれば、テレワークに従事する人の70%は女性で、そのうち30%は6歳以下の子供を有する。女性の55%は30歳未満で、パートタイマーに比べると若い。発注量の多い仕事は「設計、製図、デザイン」「文書入力」「データ入力」「ライター、翻訳」などである。テレワークを始めた理由として「自分のペースで柔軟に働ける」「育児や介護など、家事と仕事の両立が可能」などが多くを占める。他方で、注文主とのトラブルや、健康管理・能力開発などの面でさまざまな課題を抱えており、仕事を安定して確保することがむずかしく、また仕事の単価が安いという問題もある。テレワークは未来の労働形態を予測させる面と同時に、現状では旧来型の家内労働と同じく不安定就業の側面をあわせもっている。
ILOは、1996年に従来の家内労働に加えてテレワークなどを含む在宅労働者をも対象として、その保護や労働条件改善を目的とした「在宅形態の労働に関する条約」(177号条約)を採択したが、日本はいまだ批准していない。
[伍賀一道]
『寺園成章著『家内労働法の解説』(1981・労務行政研究所)』▽『神尾京子著『家内労働の世界』(2007・学習の友社)』▽『労働省女性局編・刊『家内労働の調査』各年版』▽『労働省女性局編『女性労働白書』各年版(21世紀職業財団)』▽『佐藤彰男著『テレワーク』(岩波新書)』
直接生産者が,通常,家庭を仕事場として,単独あるいは家族とともに,みずから調達するか,仲介人または業者から供給をうけた簡単な機械や器具,原料をもって,委託加工を行い,加工賃をうる労働をいう。資本に従属的な労働である点で,家内工業と区別される。資本主義の初期においては,家内労働が独立の経営としての家内工業をになっていたが,工場制度の発達にともなって,それがしだいに分解し,工場労働の周辺部に,世帯主以外の家族による家計補助的な内職的家内労働が,広範に行われるようになった。今日の家内労働は,問屋を含む業者のもとに編成された事実上の賃労働であるという意味で,資本制家内労働,あるいは近代的家内労働と呼ばれる。それらはもはやそれ自身としてはなんら独自の技術的基礎をもたず,工場の付随的な作業工程での不熟練,簡単な作業でしかないことから,家内労働の多くが,主婦や家庭内の病弱者,老人などによって行われている。仲介者の中間搾取も加わって,労働条件はきわめて劣悪であり,いわゆるスウェッティング・システムsweating system(苦汗制度)の代表的形態である。
家内労働の類型としては,通常便宜的に,(1)家内労働をその世帯の本業とする専業的家内労働,(2)世帯主以外の家族が世帯主の本業とは別に,家計補助のために行う内職的家内労働,(3)本業のあいまに行う副業的家内労働の三つに区分されている。家内労働が多くみられる分野は,メリヤス関係の仕上げや上衣,下着,帽子,ネクタイ,ハンカチなどの縫製や仕上げ加工,食料品関係の包装・加工,履物製造,ラジオ・テレビ部品のコイル巻き,組立て,ハンダ付けなど,電気機械器具の製造組立て,紙加工,製本,玩具,漆器,人形,造花,洋傘などの雑貨製造などさまざまであり,地域によって種類も異なっている。その正確な従事者の数を知ることは困難であるが,労働省の家内労働概況調査によれば,1995年現在,その数は55万人(家内労働者とともに働いている同居親族を含めると58万人)である。1970年の約181万人に比べると,3分の1以下に減少している。これは主として委託者側の要因としては,産業構造の変化,開発途上国への生産の切替え,工場内生産への切替えなどによる家内労働に対する需要が減少したこと,一方,家内労働者側の要因としては,工賃の低さとパートタイム労働への雇用者としての就業機会が増えたことがあげられる。今日,家内労働者のうちの93%までが家庭の主婦などの従事する内職の形態であることからみて,すぐれて女性労働問題としての性格をもっている。工賃は男子の専業的家内労働者の場合以外はきわめて低く,92年現在,女性の1時間当り平均工賃は454円で,女性パートタイム労働者の1時間当り所定内給与額832円に比べても,約半分にすぎない。単価の低落を防ぐための自主組織がほとんどなく,家内労働者は労働基準法の適用からも除外されているため,劣悪な労働条件を許している。
家内労働の歴史は古いが,スウェッティング・システムの禁止を目的とした規制の歴史は,世界的にみてかなり新しい。1890年代にニュージーランド,オーストラリアで賃金保護法が制定されたのをかわきりに,1911年ドイツ,13年にイギリスで家内労働法が成立し,20年代までには世界の先進国のなかで一般化した。しかし今日なお家内労働問題は根本的に解決されていない。日本では70年にようやく家内労働法が制定されたが,最低工賃の適用をうける家内労働者はまだ少なく,鉛や有機溶剤を取り扱う作業,粉塵作業等の危険有害業務に,なんらの規制もなく従事する者も多い。最低工賃の決定の促進をはじめ,委託条件を明確にするための家内労働手帳普及の徹底や危険有害業務に従事する家内労働者の安全衛生の確立と労働者災害補償保険への特別加入の促進,税制の改善など,解決しなければならない今後の課題は多い。
なお新しい動向として,96年6月に採択されたILO家内労働に関する条約(177号)と184号勧告の採択があげられる。これは上に述べた伝統的家内労働のほか,先進国では新たにテレワークのような就業形態が発展し,また経済のグローバル化の中で,先進国の産業が業務を分割して外国に委託するなど,その末端で家内労働が増加しており,より包括的な概念としての家内労働に適切な保護を要するという認識が高まったためである。本条約では労働者としての尊厳と最低基準の確保,主要な権利について他の労働者との均等処遇の原則が確認された。日本は末批准であり,国内法の再整備を含め今後の課題である。
→女性労働 →内職
執筆者:竹中 恵美子
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