翻訳|totemism
トーテムに対する信仰、およびそれに基づく制度をいい、北アメリカの先住民オジブワのototeman(彼は私の一族のものだ)という語に由来する。初めはアメリカ・インディアンの間にみられる信仰、制度として注目を集めたが、その後、オーストラリア、アフリカ、メラネシア、ポリネシア、インドなどにも類似のものがみられることが報告され、それとともにトーテミズムの概念、その意味について、主として宗教学、社会学、人類学、心理学の間で多くの議論がなされてきた。しかし、トーテミズムという語で報告されていても、その実体は地域によって、社会によって非常に異なる。同時に、研究者によってトーテミズムの概念、定義はさまざまであり、一般論は困難であるが、イギリスの人類学者ラドクリフ・ブラウンの見解に基づいて、多くの異なる例があるという但(ただ)し書つきで、普通次のように定義される。すなわち、トーテミズムとは、ある人間集団が特定の種の動植物あるいは他の事物と特殊な関係をもっているとする信仰、制度であり、その特定種をトーテムという。
[板橋作美]
(1)トーテムとなるものは動物や植物が多い。ただしこれには種々の型がある。たとえばオーストラリア先住民のアランダは400種以上の異なる動植物種をトーテムとするが、アフリカの民族集団ニョロやバヒマは牛のみがトーテムとなり、各氏族は牛の特定のタイプ(赤牛、乳牛など)か、牛の体の部分(舌、腸、心臓など)をトーテムとする。また各氏族が一つのトーテムをもつ型と複数のトーテムをもつ型があり、メラネシアではしばしば各氏族が鳥1種、樹木1種、哺乳(ほにゅう)動物1種、魚1種をトーテムにもつ。動植物のほかに、たとえばオーストラリアでは日、月、雲、雪、雨、火、水、季節などの自然物や自然現象もトーテムとなる。インドをはじめとして、人工的につくられた物品がトーテムになる所も少なくない。たとえばインドのビール人がトーテムとするものは植物19、動物17、物品7(短刀、割れ瓶、村落、とげ付き棒、腕輪、足首輪、パン切れ)である。そのほか睡眠、下痢(げり)、嘔吐(おうと)、性交、さまざまな精神状態といったことがトーテムにされる例がオーストラリア北東部などにある。
(2)トーテムは氏族、半族、ホルドなどの集団と結び付く。そのほかオーストラリア南東部には性によるトーテムがあり、男はコウモリを、女はキツツキをトーテムとする。また北西アメリカ・インディアンの間では個人が特定のトーテムをもつこともある。ただし個人トーテムは単に守護霊だとする考えもある。
(3)集団はそのトーテムの名でよばれる。たとえばオジブワにはツル、アビ、クマ、テン、ナマズの名がついた五つの主要氏族がある。しかし集団がトーテムとは別の名でよばれることも少なくない。たとえばポリネシアのティコピア島では、4氏族がそれぞれタロイモ、ヤムイモ、パンノキ、ココヤシと特殊な関係にあるが、それらの名でよばれてはいない。
(4)集団トーテミズムの場合、同じトーテムをもつ者の間では結婚しない、つまりトーテム集団が外婚単位となる。これはトーテム所属がたいてい出自原理に従うからである。しかしこれにも例外は多い。たとえばオーストラリアの先住民アランダの社会では、婚姻規制とトーテム所属の原理は別である。婚姻規制は出自と世代の原理に基づくが、トーテム所属は母親が懐妊した場所(妊娠はトーテム聖地にいる祖霊が女性の体に入ることと考える)に結び付いている。
(5)トーテムと人間集団の結び付きの由来を語る神話をもつ。トーテムはその集団の祖先であるとか、トーテムと集団は共通の祖先をもつなどの親族関係が語られたり、集団の祖先がトーテムと親密な関係をもっていたなどといわれる。北アメリカ先住民のホピの野生カラシの氏族はオーク(樫(かし))、ミチバシリ(ホトトギス科の鳥)、戦士という名をもっているが、それは伝説上の移住の途中で泣いている子供に出会い、カラシの葉とオークの枝を与えて泣きやませ、そのあとでミチバシリ、戦士に出会ったからである。アナグマとチョウの氏族の名のおこりは、先祖が知り合ったアナグマ人間を連れてきて、そのすぐあとで子供の慰みにチョウをつかまえてやったからである。しかしそのような神話、伝説の類をもたない場合も多い。
(6)トーテムと集団との強い結び付きは信仰、儀礼によって、また情緒的、神秘的に示される。たとえば、トーテム動物はその名をもつ集団の者に好意をもっていて襲わないとか、人間の外見や性格がトーテム動物に似ているなどといわれる。北アメリカ先住民のチッペワの社会では、魚の氏族の者は長命で毛髪が細いか薄い、クマ氏族の者は髪が長くて黒くて濃く、また気質が怒りっぽく戦闘的、ツルの氏族は声がけたたましく弁舌家であるといわれる。自分のトーテムは、殺したり、採集したり、食べたりしないという禁忌は広くみられる。オーストラリア北部では自分のトーテムだけでなく、父、母、祖父のトーテムを食べることも禁じられている。ときには見ること、触れること、その名を口にすることすら禁止されている。インドのオラオン人で、鉄をトーテムとする人々は、唇や舌で鉄に触れてはならない。しかし、これらの禁忌を伴わない例もまた多い。北アメリカの先住民オジブワでは、トーテム動物は自分の名の氏族の狩人に好んで撃たれるといわれる。トーテム集団はトーテムと集団の関係を物語る神話を儀礼によって再現したり、定期的にトーテムへの崇拝儀礼を行う。オーストラリアでは自分のトーテムの聖地へ行ってその種の増殖儀礼を行うことがよくみられる。
(7)自分のトーテムを表す標識、図案、彫刻をもつ場合もある。北アメリカのインディアンのトーテムポールはその一つである。オーストラリアにはチューリンガとよばれる石か木でつくったほぼ楕円(だえん)形でその上に象徴的記号を彫り込んだものがある。
[板橋作美]
トーテミズムは18世紀末に紹介されて以来多くの研究者の関心を集めてきた問題であるが、きわめて多様で複雑な様相を示す文化的、社会的現象であり、トーテミズムの概念についてはもちろん、その意味についてもさまざまな説がたてられてきた。トーテミズム研究は、どの側面に重点を置くかによって異なり、大きく、呪術(じゅじゅつ)、宗教としてみる立場と、その社会的側面に注目するものとに分けられる。トーテミズム研究の先駆者マクルナンはこれを動物崇拝に由来する宗教とみなし、マレットやイギリスのフレーザーは呪術とみたが、いずれにせよ初期のトーテミズム研究は文化進化主義的な立場にたって、宗教の起源をめぐる問題として取り扱い、トーテミズムは原始的なものであり、原始心性の表れと考えた。フランスのデュルケームは、トーテミズムをトーテムという物質的なものに象徴される非人格的な力(マナ)に対する信仰であり、宗教であると説くと同時に、その社会的起源を強調し、トーテムは社会の象徴、「旗」であり、社会的結合力としての役割を説いた。トーテミズムの社会的側面に注目する見方はゴールデンワイザーに始まるが、デュルケームを経てラドクリフ・ブラウンに受け継がれた。彼は基本的にはデュルケームの説を踏襲し、トーテムは集団の統一の象徴であり、人々はこの信仰をめぐる儀礼を通して集団の連帯性、持続性を確認するという。しかし、トーテムとして特定の動植物が選ばれる理由について、トーテムは集団を代表するものとして選ばれたがゆえに儀礼的に重要視されるというデュルケームの説を退け、逆にトーテムは他の理由で重要だから選ばれたのだとする。すなわち、トーテムに選ばれたものは経済的その他の価値をもち、社会のなかで重要な役割を果たしていると示唆(しさ)する。
これらの諸研究を批判的に継承したレビ(レヴィ)・ストロースは、トーテミズムを、未開と文明を問わず人類に普遍的な人間精神の表れの一つとしてとらえる。彼によれば、トーテムに選ばれたものは「食べるに適している」、つまり経済的に価値があるからではなく、「考えるのに適している」からである。集団間の関係を他の事物の関係によって表現するのがトーテミズムの論理であり、社会における集団の分類、違い、対立といったものと、自然界の動植物間のそれらとの間に相同、平行関係をみいだし、前者を後者によって表すのである。たとえばAとBの氏族がそれぞれタカとカラスをトーテムとするということは、A氏族とB氏族の関係のあり方はタカとカラスの関係のあり方と同じ、具体的にはAとBは一方では敵対し、他方では婚姻を通して連帯する同じ部族であるという関係が、タカは生肉を食べカラスは腐肉を食べる点では対立し、ともに肉を食べる鳥という点では同じであるという関係に類比されるのである。
なお、心理学者フロイトのトーテミズムの解釈も有名である。彼はトーテミズムを近親相姦(そうかん)の禁止と関連づけ、絶対的権力をもち女性を独占していた父(原父)を息子たちが殺害したが、彼らはそれを後悔し、トーテミズムという機構をつくり、トーテム集団内の婚姻を禁止したのだとする。
[板橋作美]
『レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳『野生の思考』(1976・みすず書房)』
未開社会に見いだされた,社会集団と動植物や事物の特定の種speciesとの間の特殊な制度的関係を,研究者たちはトーテミズムと呼んできた。その特定の自然種がトーテムtotemであるが,この語はアメリカ・インディアンのオジブワ族の言葉に由来する。はじめはトーテムの像として〈トーテム・ポールtotem pole〉を作るアメリカ・インディアン諸族に固有の習俗と思われていたが,トーテミズムという用語が生まれるとともに,オーストラリアやメラネシア,ポリネシア,インド,アフリカなど各地の事例が報告されるにつれ,19世紀後半から多くの研究者の関心を集めるようになった。とりわけ当時,最も原初的な文化をもつと考えられていたオーストラリア諸社会に豊富な事例が見いだされたこともあり,トーテミズムは人類史における宗教現象の起源の問題として論じられた。
人間集団と自然種の間のトーテミズムと呼ばれる制度的関係とは,典型的には次のような要素からなる。(1)社会が氏族や外婚制集団のように明確な境界をもつ社会集団に分かれており,それぞれの集団が特定の自然種をトーテムにしている,(2)各集団はそのトーテムの名で呼ばれている,(3)トーテム種と集団の祖先とが親族関係にあると語られている,(4)集団成員にトーテム種を殺したり食べてはならないという禁忌(タブー)が課せられている,(5)トーテム種に対して集団的儀礼を行う,などである。しかし,これらの条件をすべて満たす理想的なトーテミズムをもつ社会はない。研究者たちは,この理念型に近いもののみをトーテミズムと限定して,その論理を説明しようとするか,あるいは理念型にあわぬ多くの事例をも含めて類型化しようとしてきた。理念型の論理の説明には,食料など有用物を確保するためにトーテムとして特定の集団に捕獲を禁じ,その集団が儀礼を通じてトーテム種の増殖をつかさどるという,有用物の確保を目的とする呪術的体系であるとする説(J.G. フレーザー)などがある。しかしこの説明は,典型的とみなされるオーストラリア社会のトーテミズムでも,トーテムとされる動植物は有用なものだけではなく,蚊のようなものや下痢などの病気もトーテムとされるという事実にそぐわない。また,類型化の試みも,たとえば特定の個人に禁忌が課せられる個人トーテミズムや性によって異なった動物種と結びつく性トーテミズムなど,さまざまな事例がトーテミズムとして類型化されているが,類型をこのように細分化すればするほど,トーテミズムとは何であるかがあいまいになっていくという問題に直面するようになる。
20世紀半ばになり,人類学者たちが一つの社会の詳しい実地調査による事例報告に専念するようになると,特定の社会のトーテミズムにはその社会固有の機能があり,各社会の事例の間には一般化できないほどの変差があることが明らかになってきた。そこで研究の主眼は一般理論から特定社会のトーテミズムの特殊な個別的分析へと移り,トーテミズムという用語は,社会集団の統制のために神話や儀礼を通じて象徴的に設定された人間と自然との関係の体系という,漠然とした現象を慣例的に指示するものとしてのみ用いられるようになった。そしてさらに,60年代にレビ・ストロースは,トーテミズムは研究者のつくりあげた幻想であり,問題はトーテミズムとは何かではなく,この概念を捨てることが重要であるとした。すなわちトーテミズムは,自然と文化という二つの系の対応によってそれぞれの系の差異を認識可能なものとして構造化するという,より一般的な問題の中に解消される。つまり,トーテミズムは,ある社会集団が,動植物の種差という自然の系の差異との対応関係を用いて,他集団との差異関係および自集団の同一性を表す意味伝達の一体系となる。ただし,その自然の系における差異は,レビ・ストロースが示唆するような動植物の一貫性をもつ分類体系内の種差というより,鉱物や天候や病気なども含め雑然と寄せ集められた非組織的な集積の中で再構成されて生まれる差異というほうが正確だろう。しかし,いずれにしろ非組織的に寄せ集められた一連の自然種に各種の社会集団を対応させた関係を,トーテミズムの名のもとに類型化しようとすれば,自然種と社会的単位それぞれの,断片への切刻みに終わってしまい,より根底的な一個の認識装置としての,自然と文化の対応関係そのものが見えなくなってしまうきらいがある。
執筆者:小田 亮
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個人あるいは特定の集団が,特定の種類の動物,植物あるいはその他の自然物と神秘的な関係にあり,それに応じて個人や集団の行動が規制される現象。氏族が特定の動物をトーテムにする形式がふつう。また文化圏説の父権トーテミズム文化圏という考えは今日支持されていない。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…このような氏族は,とくに〈トーテム氏族totemic clan〉と称される。アメリカ,オーストラリア,メラネシア,ポリネシア,アフリカなどにみられるが,とくにアボリジニーのあいだでは,トーテミズムは重要な意味をもっている。氏族はトーテムとされる動植物・自然現象と特定の関係をもっており,トーテムに対する豊饒儀礼を行ったり,トーテム種を食べないことによって尊敬の念を表したりする行為がともなっている。…
…多くの民族の観念的で,象徴的な対立の中で最も重要なものは〈自然〉と〈文化〉の対立であると主張する。またたとえば,特定の動植物を集団の始祖としているトーテミズムという制度において,特定の動植物がトーテムに選ばれるのは,それが実利性をそなえているからではなく,自然界における対立と対(つい)が集団の対立と対の関係を表すのに用いられたのだとレビ・ストロースは解釈する。たとえばオーストラリアのある原住民の村は,半族(双分組織)と呼ばれる二つの集団に分かれ,一方はワシをトーテムとし,他方はカラスをトーテムとしている。…
※「トーテミズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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