家庭内暴力とは、家庭内で起こる、家族に対する暴力的言動や行為の総称です。近年、社会問題となっているのは、幼少児に親が暴力を振るう児童
児童虐待(被虐待児症候群)は別項に譲り、本項ではそれ以外の虐待について解説します。
一般に虐待行為は以下のように分類されます。
①感情的虐待:非情な言動、
②心理的虐待:本人や家族、友人やペットなどに危害を及ぼすことをほのめかすような脅迫的行為
③身体的虐待:殴る、蹴る、つねる、首を絞める、咬む、平手打ちなど、肉体への直接的暴力行為
④性的虐待:性的行為を強要したり、
⑤経済的虐待:本人の合意なしに、本人の財産や金銭を勝手に使用する、あるいは理由なく制限する行為
⑥介護・養護の放棄・放任:食事、清潔、保温、医療、教育などの必要なケアを行わないこと(ネグレクトとも呼ばれる)
高齢者虐待ではすべての虐待行為がみられますが、DVでは①~⑤までが多いとされています。
高齢者虐待では、被害を受けた高齢者の約8割に
DVでは、虐待行為に至る原因については十分に解明されていませんが、いくつかの危険因子が示されています。米国での調査では、男性配偶者がアルコール依存症や薬物乱用者である場合、また長期の失業状態や不定期の雇用状態にある場合に、DVの発生率はそれぞれ約3倍以上増加すると報告されています。
高齢者虐待においては、女性の被虐待者が男性の3倍ほど多く、また高齢になるほど被害が多くなる傾向がみられます。2007年度の厚生労働省の調査によれば、養護者による虐待の内容は、介護放棄が最も多く(5割)、次に身体的虐待(4割)、心理的虐待(3割)、経済的虐待(1割)と続きます。頭部、顔面、頸部、
DVにおける身体的虐待のなかで最も多いのは、頭部、顔面、頸部の外傷で、全体の4割を占めます。そのうち、目のまわりや頭部の
身体の外傷に対しては、場所や程度に応じて脳神経外科医、一般外科医、整形外科医などが診療します。DVによる健康被害は、身体的だけでなく、精神的な傷害にまで及ぶことがあるため、精神症状があれば精神科医の対応も必要です。
しかし、高齢者虐待やDVの根本的解決のためには、身体や精神の健康傷害に対する診療・処置のみならず、福祉や警察に支援を求めることが必要となることもあります。
高齢者虐待に関する法律として、「高齢者の虐待防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」があります。高齢者虐待に対する福祉の窓口は、もっぱら市町村です。
被虐待高齢者の生命・身体に重大な危険が生じるおそれがあるときは、市町村長が担当職員を派遣して高齢者の住所または居所に立ち入り、必要な調査質問を行います。必要に応じて警察署長の援助が要請されます。
DVに関連する法律として、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」があります。DVに対する福祉の窓口は、都道府県が設置する婦人相談所、または市町村などが設置する配偶者暴力相談支援センターです。
配偶者からの暴力(配偶者または配偶者であった人からの身体に対する暴力に限る)を受けている人を発見した人は、その
関根 和彦
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
広義には、夫、妻、子供、祖父、祖母など家族間の暴力や、そこからおこる物品・建造物の破壊・破損、暴言などをさす。狭義には、両親、まれには祖父母に向けられる子供や孫の暴力、危害、虐待、暴言、罵詈雑言(ばりぞうごん)および家庭内の物品・建造物などの破壊・破損の行為をいう。一般的には狭義に用いられることが多い。青少年が反社会的行為として、家庭内のみならず家庭外で暴力を振るったり、物を破損する非行は、第二次世界大戦前からあったが、おとなしく従順にみえる、いわゆる非社会的な子供が、突然、家族とくに親に暴力を振るう家庭内暴力は、わが国では、1960年(昭和35)前後から顕著に現れてきた。発達的にみると、高校生がもっとも多く、次に中学生、大学生、小学生の順である。男子が圧倒的に多く、女子の2倍から3倍である。家庭内暴力は家庭内外の事件、心理的衝撃、社会的刺激などによって突然おこり、爆発的に高まり、そのまま長期化、習慣化する。暴力が家庭外の人や物に向かわず、家庭内だけに向けられるのが特徴的である。それも圧倒的に母親に向けられる。
家庭内暴力の内容は、無言、無視、反論、抵抗、反抗、身体的暴力、危害、暴言、罵詈雑言、器物破損、建造物破壊、金銭・物品の強要などである。家庭内暴力は青少年の他の非行とは異なった行動表出経過をたどる。第1期は「良い子供」期である。おとなしい、手のかからない、従順期である。第2期は「だんまり」期である。やや口数が少なくなり、表情が固くなり、返事が単純になる。不平・不満を心にもつ。第3期は抵抗・反抗期である。不平・不満をことばでいい、親に抵抗したり、直接反抗するようになる。第4期は強要・暴言期で、金銭を強要し、高価物品の購入を迫る時期で、これがいれられないと暴力・破壊行為に移行する。あるいは暴言をほしいままにする。第5期が暴力・破壊期で、暴力や破壊行為が頂点に達し、登校拒否がおこり、麻薬、アルコール、シンナーなど薬物への依存、対人関係拒否、昼夜逆転行動が慢性化する。
家庭内暴力の原因は、一般的には身体的疾病と異なって単純ではない。加えて、いくつかの原因が重なる、いわゆる複合原因によるばかりでなく、原因が相互に関係しあう相乗作用があったり、また因果関係が複雑に絡み合ったりして、原因→結果を特定できないところに、家庭内暴力を究明できにくいむずかしさと、その指導・矯正法を明示できないもどかしさがある。親、子供の現状を含めた原因をあげると、次の六つに集約される。
(1)親子関係 親子分離が少なく、子供の親への強い依存心、甘えがあると同時に、親の過干渉・過保護・過剰期待に対する子供の反抗、欲求不満などが暴力・破壊行為の基礎をつくる。世代間の考え方の違いも意見の違いをもたらし、その表面化が子供の親不信の引き金となる。
(2)友人関係・集団活動への参加 友達がないか、ごく少ない。あっても親友と本人がみる一、二の友達だけである。したがって集団活動に気軽に入ろうとしない。
(3)性格・態度 暴力を振るう前は、おとなしく、内気、従順、口下手のほうである。しかし、心のなかには強い劣等感、小心、抑制力欠如、自尊心欠如、自信のなさ、意志の弱さがあって、暴力に出る可能性を潜めている。欲求不満に陥ればすぐ攻撃に出る傾向がある。父親は穏やかで、優しく、仕事熱心であり、母親は負けず嫌い、神経質、上昇志向の傾向がある。
(4)精神病理的傾向 精神病、神経症、心身症、てんかん、性格障害、情動障害、知的障害をもっている子供もいる。
(5)心理的外傷 親に虐待された、強要されたなどの経験をもち、それに対する反抗・復讐(ふくしゅう)、あるいは進学の失敗による挫折(ざせつ)感などが素地をつくる。
(6)社会的影響 家族制度の崩壊による家族メンバー間の無秩序状態、倫理的基準の混乱、都市化社会における対人関係の疎遠、離婚・共働き・転勤などによる家族間の感情的交流の希薄化、マスコミを媒体とする殺傷・過剰刺激・暴力シーンの視聴覚的経験、受験競争や立身出世志向の家庭ぐるみ対応、などがあげられる。
外国とくにアメリカでは、対尊属暴力もあるが、これは家族間暴力の一つであり、同時に児童虐待、夫婦間暴力(ドメスティック・バイオレンス)も顕著である。また、子供の親への暴力は、もともと反社会的行動からおこる。初めおとなしい子供が突然母親に暴力を振るうようになるわが国の家庭内暴力とは若干異なっている。
家庭内暴力の治療、指導、矯正、予防としては、親の態度変容の指導が中心で、親子間の感情的交流を図る手だてがもっともたいせつである。これを基礎に、カウンセリング、行動療法、薬物療法、入院治療などを行う。金銭の強要には断固たる態度をとり、こじれる心配のある場合には、児童相談所・教育相談所・警察署などへ相談することも必要である。普段、親子はできるだけいっしょに食事をする、その際とことん会話を交わす、暇をつくって親子でスポーツを楽しむことなども有効な予防策であり、対応策である。
[原野広太郎]
『稲村博著『家庭内暴力』(1980・新曜社)』▽『熊谷文枝著『アメリカの家庭内暴力』(1983・サイエンス社)』
1970年前後から日本で使われはじめた新造語。親密な家族成員の間においても肉体的な暴力行為が演じられるという事実は目新しいことではないが,このころから青少年期の子どもが親に向かってする暴力行為が精神科医や教育者によってたびたび指摘されるようになった。その暴力は,もっぱら家庭内の親しい人物にのみ向けられ,家庭外ではまったく発揮されないという特徴をもち,この点でいわゆる非行少年的な家庭外暴力と対極にあった。しばしば,この暴力をふるう青少年はこれまでの生活史において温和な,およそ暴力とは無縁なよい子であった。このような家庭内暴力をふるう青少年は,年齢的には中学生年代にもっとも多く,これに高校生が続くが,それ以上の年齢の者にも少なからず見られる。たとえば,大学を卒業して職業につき,すでに30歳前後に達していながら,なお両親から離れず,両親に暴力をふるうといった場合さえありうる。性差では圧倒的に男子に多いが,女子にもないわけでは決してない。
暴力の向かう対象は,過半数の場合に母親であり,父親がその対象となるのは前者の1/5にすぎないといわれる。母親が父親より肉体的に弱力で,暴力対象になりやすいという理由もあるが,それだけではなく,中学・高校年代の青少年にとってはまだ母親が父親よりいっそう身近な対象であること,さらにこの暴力行為に含まれる幼児性・退行性は,本来父親よりも母親へと向かう性質のものだからであろう。
青少年がその母親に向かって示す暴力には,両価性(アンビバレンス)という構造がある。つまり,もっとも愛着する対象であるがゆえに,もっとも激しく攻撃するという二面性である。しばしば当人はそのことを意識しない。しかし,その行動を子細にみておれば,いかに攻撃者が母親なしに生きられない存在かは,すぐわかる。また,対外的には成熟したプロフィールを示しつつも,同時に家族に対しては依存的・退行的であるという二面性も特徴である。
家庭内暴力にはごく一過的に終わる場合と,消長はあれ長く続く場合がある。青少年期に果たすべき発達課題を前にして少しく難渋しているいわば〈正常範囲内〉の場合から,境界型パーソナリティ障害といわれるような持続的な精神病理を背景にした場合まである。治療は後者ほど長く,紆余曲折を経る。しかし,いずれにせよ治療の要諦は精神療法とそれに基づく社会復帰療法である。このような退行的行動をとらざるをえない青少年に,彼らの心理的発達を促させるような精神療法を行うことができれば,もっとも望ましい。
執筆者:笠原 嘉 このような家庭内暴力の背景には,各年齢層に応じた発達課題を十分に達成する機会が与えられずに育った青少年が思春期を迎え,厳しい受験競争などの困難に直面したときに耐性を欠き,挫折しやすいという問題がある。こうした発達障害が家庭内暴力の多くの事例に見られるが,その原因は家庭や学校,また社会の状況に根ざしているといえよう。
日本以外の国にも上述のような家庭内暴力がまったくみられないわけではないが,現代の日本におけるほど問題になっているところはない。たとえば,今日アメリカで家庭内の暴力が話題になるとき,その内容は夫から妻への,さらには母から幼小児への理不尽にして激しい暴力である。19世紀の欧米では妻の打擲(ちようちやく)や児童虐待が珍しくなかったが,女性解放運動や児童保護運動の展開により,表面的にはみられなくなった。しかし,1960年代に幼児虐待の実態が明らかにされて以来,70年代には夫婦間暴力,老人虐待,兄弟姉妹間暴力の事例が数多く報告されて,家庭の見直しが始められた。暴力は,身体への加害だけでなく精神的なものを含み,執拗な性格をもち,しかも長期にわたるので被害者,加害者双方に自信,自尊心の喪失など人格崩壊をもたらし家族解体をしばしば招く。また幼児虐待としての近親相姦も見られるが,これは子の人格形成を著しく阻害する。暴力の原因は,精神病など病理的なもの,人格形成が暴力的文化のもとでなされたこと,失業・住宅問題など社会的経済的要因などといわれるが,定説はない。暴力が家庭という密室の中で生ずるものであり,また各国の関心の度合いに差異があるため,イギリス,アメリカでの報告例にかたより実態は十分明らかにされてはいない。被害者の緊急の救済として,避難所refugesの増設,生計の保障,精神科を含む医学的援助,加害者の拘束,居住権の確保などが提唱され,長期的対応策として学校教育における家族関係の学習,教育,福祉,法律,医療関係者への実態教育などが説かれている。
執筆者:南方 暁
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…その背景としては,親の社会的未熟,情緒的不安定,過度の依存欲求などが挙げられるが,精神発達のおくれ,奇形,多動など,子どもの側の要因もからんでいる。日本でも昔から〈嬰児殺し〉の歴史があるが,この現象への社会的対応は鈍く,親が子どもから暴力をこうむる〈被虐待親症候群〉のほうがいわゆる〈家庭内暴力〉として関心を呼んでいる。【宮本 忠雄】。…
※「家庭内暴力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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