翻訳|determinism
世界に生起するできごとは,なんらかの形で元来決定されている,と考える立場を指す。決定の主体が超自然的な神である場合もあるし,また自然法則であると考えられる場合もあるが,宗教的決定論とでもいうべき預定説では,世界のできごとというよりは,人間の救済が元来決定されていることを主張する点で,一般の決定論とは異なるといえる。自然法則によって世界のできごとが決定されている,という決定論的主張は,デモクリトスの原子論にもすでに胚胎されていたが,それが具体的な意味をもったのは近代後期である。一般にはニュートン力学(古典力学)的自然像の確立が,物理学的な決定論の成立に重なると考えられている。それはまちがいないが,ニュートン自身がそうした自然像の持主であったとするのは誤解である。実際には,物理学的な決定論のプログラムはデカルトが書き,そのプログラムのなかにニュートンの運動法則が取り込まれたと考えるべきではないかと思われる。デカルトは,創造主としての神の全知・全能を重んじる立場に立ち,この自然は創造された時点において,神の全知・全能の表現の結果,もはや手直し不要な形で〈仕上げ〉られている,したがってその運行も完全に神の計画どおりに進むと考えた。〈素材とそれがふるまうための法則さえ与えられれば,今の世界の状態を再現してみせる〉というデカルトの言葉はそれをよく示している。ニュートンはむしろ,こうした〈機械論〉的な世界観にはなじめなかった。デカルトを批判し,〈彼はできれば神なしで済ませたかった〉と述べたのは,デカルトが神の働きを創造の時間のみに限定してしまったことへの不満の表明でもあった。ニュートンにとって,神は,何にもまして〈遍在〉しており,いかなるときいかなるところにも明確に現前する存在であった。しかし,彼の意に反して,彼の運動法則が,デカルトのプログラムのなかの〈法則〉に読み込まれると,デカルトの機械論は明確な具体性をもつことになった。運動法則は,運動に関するかぎり完全に一義的な因果連鎖を保証したからである。
この世界に存在するすべての物体が質点に還元され,その運動がすべて運動法則によって一義的に描き上げられる以上,この世界に生起するいっさいのできごとは,結局は決定されている,という力学的・機械論的決定論は,フランス啓蒙思想の頂点としての〈ラプラスの魔〉の概念に最もよく象徴される。そのなかで人間の自由意志はいかなる位置を占めうるか,単なる仮構に過ぎないという解答も含めて,この問いは,今日まで問われ続けている。もちろん,20世紀の量子力学は,ミクロの世界では少なくともニュートンの運動法則のごとき一義的決定性は不可能であることを示した(不確定性原理)。量子力学の成立に貢献しながらもこうした非決定性にはくみしなかったアインシュタインらは,古典論的決定性を最終的に信じていたが,一般には,ミクロな非決定性は今日ひろく受容されている。しかしそうだとすると,ミクロな世界の非決定性とマクロな世界の決定性とをどうつなぐかという問題が残される。これを示したのが〈シュレーディンガーの猫〉といわれる寓話である。一方,相対性理論から導かれる時間(もしくは同時)の相対性から,新しい物理学的決定論が生まれているが,これについても議論は多い。
→機械論
執筆者:村上 陽一郎
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常識的には、未来の事柄のなかには、人間の自由意志によって、それが生ずるかどうかが左右されるものがあり、この意味で未来には不定な部分がある。この常識に逆らって、世の中でどういうことが起こるかは、未来永劫(えいごう)にわたってすべてあらかじめ決定されている、と主張する立場が、決定論である。そのなかで、根拠を宗教的な啓示に求めるものを「宗教的決定論」という。たとえば、キリスト教の思想家のなかには、神の意志によってすべてのことはあらかじめ決定されているとする、いわゆる予定説をとる者も多い。また、自然法則は、正規形の常微分方程式の形をとっているので、すべては、初期条件によって決定されているとする「科学的決定論」もある。量子論以後の自然科学では、この決定論は採用されないが、事象の確率は決定されているとする「確率論的決定論」がそのかわりに唱えられることもある。しかし、これを決定論の仲間に入れるのは適当ではないとする意見もある。
[吉田夏彦]
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