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平民主義 へいみんしゅぎ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平民主義
へいみんしゅぎ

明治期において国権主義,官憲的権威主義,貴族主義などに対抗した思潮。内容はこれを唱えた思想家によってそれぞれ異なっている。明治初年に福沢諭吉北村透谷らが平民の自覚を促したのが平民主義の出発点であった。次いで 1886年に徳富蘇峰民友社を設けて『国民之友』を発刊して唱えた平民主義は内容的には自由民権の思想と同じであった。その後徳富は国権主義に転向して平民主義を捨てたが,1903年にいたり幸徳秋水平民社を設けて『平民新聞』を出し,社会主義や反戦思想を内容とする平民主義を鼓吹した。 1907年にこれが弾圧されると,今度は片山潜らによって平民協会がつくられ,社会主義,普通選挙,労働組合運動の実行を目指したが,これも 1912年に禁止されて大正デモクラシーの時代に移行した。そこでは平民主義に代わって,もっぱら民本主義や社会主義が唱えられた。なお平民主義は明治末年において文学上の自然主義運動のなかにも現れた。ただしこの場合は解放思想ではなく,むしろ虚無的なアナーキズムに傾いていた。

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デジタル大辞泉の解説

へいみん‐しゅぎ【平民主義】

差別をなくし、万人平等の社会の実現を目ざす主義。明治中期、徳富蘇峰(とくとみそほう)が主張。

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大辞林 第三版の解説

へいみんしゅぎ【平民主義】

明治20年代に徳富蘇峰が行なった主張。国家主義に対して、民衆に基盤を置く近代化を提唱。
1903年(明治36)に平民社が掲げた立場の一。労働者・農民の立場での社会改革・国際的連帯などを内容とした。

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世界大百科事典内の平民主義の言及

【ジャーナリズム】より

…こののち,明治20年代の大日本帝国憲法体制の創成期にこれらの政治党派とは距離をおいた言論人独自の文筆活動がさかんとなった。この時期の思想界の花形だった徳富蘇峰は民友社をひきいて雑誌《国民之友》と《国民新聞》などにより思想の近代化を唱え,彼のいう〈平民主義〉に多くの青年たちを共鳴させた。また二葉亭四迷や徳冨蘆花などによる文学の革新をも実現させた。…

【平民】より

…一方,〈平民同様〉とされた被差別部落民は,〈新平民〉などと差別されつづけていた。87年徳富蘇峰が民友社を創立して《国民之友》を創刊し,欧化主義,国粋主義に反対して平民主義を唱え,〈ミッドルクラス(中産階級)〉の支持を得ようとした。これに対し,中江兆民は翌年《東雲新聞》に〈新民世界〉を書いて平民主義は貴族を意識し,他方で〈新平民〉を差別する旧民主義ではないかと批判している。…

【山路愛山】より

…このような愛山の活動を支えていたのは,旧幕の子弟としての反骨の姿勢と,《西国立志編》に由来する独立自助の精神,さらに逆境を克服して人間的向上を図る〈英雄〉の観念であった。愛山は活力と流動性に富んだ明治初期の社会状況を理想とし,みずからの立場を〈平民主義〉と称したが,そこには,硬直化しつつある明治後期の社会の再活性化と,その現実の担い手たるべき地方の青年たちの奮起を期待する念がこめられていたのである。【坂本 多加雄】。…

※「平民主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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