翻訳|teleology
事象を目的と手段の連関において説明しようとする考え方。機械的原因とその結果の連関によって事象を説明する機械論に対立する。宇宙を一つの目的論的システムとみなす考え方は,神話的思考のうちにすでに広くみとめられるが,哲学の歴史においては,とりわけアリストテレスがそれを定式化するにあたって重要な役割を果たした。すなわち,彼は,質料と形相の結合からなる個物にあって,その事物の本質規定をなし実現されるべき形相がその目的因をなすと考え,さらに,この考えを宇宙全体の構成にも及ぼして,万物は最高の純粋な形相である神を究極目的として生成展開すると考えたのである。この考えは,中世のスコラ哲学においては,キリスト教の創造神の考えと結合されて,時代に対して大きな影響力をもった。一方,それと対立する機械論的な考え方についていえば,デモクリトス,エピクロスらの古代唯物論以来,特定の目的に規整されることのない広い意味での機械的原因によって万象の生成を説き明かそうとする行き方が見られはしたものの,なんといっても,機械論が時代の思考の動向を左右するほどの有力なパラダイムとして登場するのは近代科学の成立以降のことである。〈目的論〉の語が,18世紀ドイツ啓蒙時代の哲学者であるC.ウォルフによって創始されたことは,目的論的思考法への反省が,近代科学の成立以降の機械論的思考法との対決においてはじめて本格的になされたことを示すものといえよう。
近代科学の成立にともなう機械論的思考のパラダイムの全面的適用の典型的な,またもっとも強い影響力をもった例はデカルトにみられる。彼は,中世スコラ哲学以来の目的論的有機的原理にもとづく自然現象の説明を徹底的に排して,人間を別とするすべての動物は,一つの機械とみなしうることを説いた。一方,前述のウォルフの師にあたるライプニッツは,それを批判して,いわば機械論的パラダイムのホームグラウンドともいえる力学においてすら,一種の目的論的原理を復権することなしに事象の十分な解明はありえぬことを主張して,大きな反響を呼んだ。ここには,原子論的発想にたいする全体論的発想,幾何学主義と代数主義,決定論と自由論,因果論と表現論といった,時代を超えて現代にまでおよぶ基本的な発想の対立の幾組かが複雑にからんでおり,機械論的思考と目的論的思考の対立が,ある文脈においては今日なお開かれた問いであることを早くも予示している。カントが,機械論にのみ本来の自然現象の説明の機能をみとめ,他方自然研究における目的論を研究の向かうべき方向を指示する〈規制的原理〉としての有効性に制限するという形で,二つの思考法の調停を試みたことも,18世紀の思考の状況の枠内での暫定的解決の提示という性格を完全にはまぬかれえぬものといえよう。
C.ダーウィンの進化論による自然淘汰の考えの出現によって,古典的な目的論的世界観は跡を絶ったという見方がときになされる。これは一面において真実であるが,しかし,そのことは,ダーウィンの自然観が古典的な機械論にもとづくことをすこしも意味しない。むしろ,機械論そのものが自動調整の機能という概念をそのうちに大幅にとりこむことによって,従来目的論の領域に属していた説明機能のすくなからぬものをみずからのうちに含みこむかたちで展開してきたと見るほうがあたっていよう。このような動向は,20世紀に入って,サイバネティックスの出現による〈機能〉の概念の大幅な拡張が,また分子生物学の発展による生命現象の解明の飛躍的な進歩によって,いっそう促進されたといえる。分子生物学者のJ.モノは,従来目的論的なものとみなされていた生命の複製や自動調整の機能をすべて機械的に解き明かし,生命の発生を偶然に帰せしめる思考の方向を示唆して,偶然の概念と目的論のかかわりについての新たな解決を試みている。とはいえ,以上のような生物学を主とする自然科学の動向で,旧来の目的論をめぐる問題にすべて片がついたわけではない。なぜなら,目的論の問題は,他方で,一貫して人間の行動や歴史の領域と深いかかわりをもってきたからである。自然研究の領域で目的論的原理を〈規制的原理〉に制限したカントは,歴史哲学の領域では目的論的説明をはるかに多く許容しているようにみえる。ことは,この領域では,人間の自由,生きることの目標と価値といったことにただちにかかわらざるをえないからである。今日,人文科学の領域においても,価値の多様化という時代状況に即応しながら,この分野での研究方法の特性に応じて,目的論の問題への新たな接近が試みられている。
→機械論
執筆者:坂部 恵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界のすべての事物の生成変化が、大いなる目的を目ざして運行している、という考え方をいう。命名はドイツの哲学者ウォルフであるが、考え方自体は非常に古く、古代においてはむしろこのほうが自然であった。ただ、この「目的」が何によって設定されているのか、具体的内容はどういうものか、となると、時代や人によって多様である。素朴なものとしては、世界のすべてが人間のためにある、という考え方があるが、最終的にはそうした世界は神によってつくられたとするのが自然であって、その意味では、古代や中世で目的論的思想が主流であったのは当然である。
目的論が哲学的に体系化されたのは、アリストテレスにおいてであった。彼によると、すべて個物は形相と質料とから成り立つが、形相はまた個物生成の目的因でもある。だが、その個物はまたより上位の形相を目的として運動し、究極的には、世界全体が第一形相を最高目的として運動する、という。中世最盛期以降のキリスト教神学は、このアリストテレス思想を基礎とし、創造主たる神の意志を前面に出すことによって、いっそうはっきりした目的論を展開した。近代においては、キリスト教的目的論が否定され、機械的自然観がとってかわる。デカルトやスピノザあるいはF・ベーコンなど、いずれも自然科学的・数学的思考を身につけながら、目的論的思想を排除していく。しかし、18世紀に入り、カントは、一方で、現象の世界を説明する際に、自然科学的法則の絶対性を主張して必然の世界を示しながら、他方では、統制的原理として目的論的説明にも意義を認め、人間の奥底にある目的論志向にもふたたび道を開いた。しかし、従来のような目的論は、ダーウィンが出るに及んで一変する。その進化論は、個々の有機体についての目的論的思想を排するが、他方では進化そのものが新しい形の目的概念を予想させることとなった。
目的論はこのように、初め、客観的事物の存在や生成を説明する立場の名称であったが、総じて、目的というものを基本原理とする思考全般が目的論である、ともいえる。たとえば、刑罰思想における目的刑論や、行為の価値をその目的や結果によって判定する功利主義なども、広義における目的論ということができるであろう。
[武村泰男]
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…機械論の再出発は17世紀初頭のヨーロッパで行われた。その背景には中世における建築技術の発達や機械時計の完成,さらに大砲の開発による投射体の運動の研究や航海術の進歩に伴う位置決定の課題などがあったのであるが,17世紀はじめに,それまで支配的な自然観・社会観であった目的論的・有機体論的なアリストテレス主義と,隠れた性質を認めるヘルメス主義を批判してF.ベーコンが新しい要素論を唱え,デカルトが魂と物体を明確に区別して物体から内的目的や隠れた性質を排除し,自然を〈延長〉としてとらえ,運動を位置の変化として幾何学的に研究する方法を打ち立てて,近代の機械論が成立した。すなわちデカルトは,当時完成した機械であった時計をモデルとして,自然を外から与えられる運動によって〈法則〉に従って動く部分の集合であると見たのである。…
※「目的論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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