(読み)しゃく

精選版 日本国語大辞典 「笏」の意味・読み・例文・類語

しゃく【笏】

〘名〙 (「笏」の漢音「こつ」が「骨」に通うのを忌んで、笏の長さ一尺の「尺」を用いて「しゃく」と発音したもの) 礼服または朝服を着用するとき、右手に持つ細長い板。天皇は上方下円、臣下は上円下方で、裾窄みを例とした。材質は、礼服は象牙または犀角、朝服は木笏で、イチイサクラなどを用いる。威儀をただしての神拝用として神職は装束に関係なく木笏を常用している。手板(しゅはん)。さく。
※続日本紀‐養老三年(719)二月乙巳「初令天下百姓右襟、職事主典已上把一レ笏。其五位以上牙笏。散位亦聴笏。六位已下木笏」

さく【笏】

〘名〙 束帯を着用する際、右手に持つ板片。しゃく。
※宇津保(970‐999頃)あて宮「飯匙をさくにとり、靴片し、草鞋片し、踵をばはなに穿きて」

こつ【笏】

〘名〙 束帯着用のとき、右手に持つ木または象牙の板。しゃく。〔文明本節用集(室町中)〕〔釈名‐釈書契

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デジタル大辞泉 「笏」の意味・読み・例文・類語

しゃく【×笏】

束帯着用の際、右手に持つ細長い板。もとは備忘のため笏紙しゃくしをはるためのものであったが、のちにはもっぱら威儀を整える具となった。木や象牙で作る。さく。こつ。
[補説]「笏」の字音「コツ」が「骨」に通うのを避けて、長さが1尺ほどであるところから「尺」の音を借りて当てたもの。

こつ【×笏】

しゃく(笏)

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改訂新版 世界大百科事典 「笏」の意味・わかりやすい解説

笏 (しゃく)

官位にある者が礼服(らいふく)または束帯を着用する際,威儀をととのえるにあたって右手に持つ細長い板をいう。中国ではコツと呼び,すでに周代から使われていた。日本ではコツの音が骨に通ずるところからこれを嫌い,またその長さが1尺であったことから〈しゃく〉と称するようになったことが《倭名類聚抄》に記されている。元来は手板(しゆばん)とも呼ばれて,君命や奏上事項を板の上に書いて忽忘(こつぼう)に備えた備忘用の板であり,威儀の料となっても笏紙(しやくし)といって儀式の覚書を記した紙を笏の内側にはることが行われた。養老令の制度では,唐制と同じに五位以上は牙(げ)の笏と規定しているが,牙は容易に得がたいので,《延喜式》の弾正台式に白木をもって牙にかえることが許されており,礼服のほかはすべて木製となって近世にいたった。明治以後,神官の間では神拝の用具として装束の様式にかかわらずに用いている。天皇の笏は上下の縁をほぼ方形としており,臣下の料は丸みを帯びてすそすぼまりとなっている。その質はイチイの木を最良とし,桜や杉などでもつくられ,板目(いため)を至当としている。
把笏(はしゃく)
執筆者:

笏は西洋においても権威の象徴で,世界樹または世界軸(いずれも聖なるものが顕現する〈中心〉の象徴)としての意味を担っており,混沌こんとん)に秩序を与える神的な存在の持物とされた。笏を意味する英語sceptreの語源はギリシア語のskēptron。多くは木製で,頂部に彫刻や王冠型の飾りがつく例が多く,ほかに象牙製や,宝石をはめこんだ豪華なものもある。また笏は男根の隠喩でもあり,英雄の持つ槍や剣に類似した象徴的役割を果たすことがある。偽りの王を演ずる道化愚者)は〈道化棒bauble〉を持つのが常だが,これは秩序を示す王のそれに対して無秩序を表す。さらに笏は生産力のある植物との関連から豊饒(ほうじよう)の標章ともなり,オシリス,ミトラス,ゼウスなどの持物に用いられた。ヘルメスが持つカドゥケウスにも笏の象徴的意味がこめられている。古代ローマのコンスル(執政官)はワシの飾りをいただく笏を,イギリスの王は球や十字架やハトを,またフランスの王は紋章にも使われるフルール・ド・リスを頭部に飾った笏を持った。しかし,王権を意味する笏は王冠や金貨とともに,一面で世俗的権威の空しさをも表現しており,17世紀オランダの静物画では死や空しさを示す寓意として使われた。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「笏」の意味・わかりやすい解説

笏【しゃく】

礼服(らいふく),束帯のとき威儀をととのえるため右手に持つ細長い板。元来は君命などを書きつけた備忘用の板であった。五位以上は牙(げ),六位以下はイチイ,サクラなどの木製で,天皇の笏は上下の縁が方形,臣下のは丸みを帯び,すそすぼみである。明治以後は神官にも用いられている。
→関連項目笏拍子如意檜扇

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「笏」の意味・わかりやすい解説


しゃく

貴族階級の服装に用いられる威儀具。笏は「こつ」と読むのが正しいが、骨と同音のため、嫌って「しゃく」といわれるようになった。もと、儀式の際に備忘のため式次第を書いた紙を笏の裏に貼(は)り、右手に持ったもので、手板とも称した。養老(ようろう)の衣服令(りょう)で礼服および朝服に五位以上の者に牙笏(げしゃく)、六位以下は木笏(もくしゃく)と定められた。しかし象牙(ぞうげ)の入手が困難なため、平安時代になると牙笏は礼服のみに用いられ、朝服にはみな木笏が用いられることとなった。天皇の用いる笏は上下ともほぼ方形とし、臣下は上円下方として上が丸みを帯び、下部がしだいに幅狭くなり端が方形である。木笏の材料は櫟(いちい)(一位)を最上とし、柊(ひいらぎ)、桜、榊(さかき)、杉などの板目がよいとされている。

[高田倭男]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「笏」の意味・わかりやすい解説


しゃく

「こつ」ともいう。束帯のとき威儀を正すために用いた長さ1尺2寸 (約 40cm) の板状のもの。礼服着用のときには象牙製,束帯,袍袴 (ほうこ) のときには櫟 (いちい) 製を用いた。儀式の複雑化につれて,備忘のため式次第などの覚え書を書きつけることもあった。現在は神職が用いる。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【笏】より

…日本ではコツの音が骨に通ずるところからこれを嫌い,またその長さが1尺であったことから〈しゃく〉と称するようになったことが《倭名類聚抄》に記されている。元来は手板(しゆばん)とも呼ばれて,君命や奏上事項を板の上に書いて忽忘(こつぼう)に備えた備忘用の板であり,威儀の料となっても笏紙(しやくし)といって儀式の覚書を記した紙を笏の内側にはることが行われた。養老令の制度では,唐制と同じに五位以上は牙(げ)の笏と規定しているが,牙は容易に得がたいので,《延喜式》の弾正台式に白木をもって牙にかえることが許されており,礼服のほかはすべて木製となって近世にいたった。…

【束帯】より

…武家も将軍以下五位以上の者は大儀に際して着装した。束帯の構成は(ほう),半臂(はんぴ),下襲(したがさね),(あこめ),単(ひとえ),表袴(うえのはかま),大口,石帯(せきたい),魚袋(ぎよたい),(くつ),(しやく),檜扇,帖紙(たとう)から成る。束帯や十二単のように一揃いのものを皆具,あるいは物具(もののぐ)といった。…

【杖】より

…ペルーのアンデス山地のケチュア族では,高位の村役につく者がバラという杖をもつ。古代エジプトにも王笏(おうしやく)があった。ミクロネシアでは〈夜ばい棒〉といわれる棒を男がもつが,これも本来は男の素性や地位を示す杖である。…

【把笏】より

…威儀を備えるために(しやく)をもつ服制のひとつ。中国では古くから把笏の制度があり,もともとは覚書などを記して備忘用としての意味をもっていた。…

※「笏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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