北山の一部をなし、標高二〇〇・六メートル。絹掛山とも書いた。「山州名跡志」は「真如寺ノ西、等持院ノ後山也、一説ニ絹掛山、所以ハ寛平法皇於
御室
炎天ニ深雪眺望ヲ
京都の代表的な葬送地の一つで、「日本紀略」寛弘二年(一〇〇五)七月一八日条に、「絹笠岳御霊会也、去年広隆寺別当松興造
小屋於門外
所
奉
移也、而依
有
霊託
奉
造
内匠寮
、仍今日奉
祭也」とあり、死者の霊を鎮めるための御霊会が修されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...