妊娠子宮を切開して人工的に成熟胎児を娩出(べんしゅつ)する手術のことで、帝王切開の名称はドイツ語のカイゼルシュニットKaiserschnittの直訳である。語源はラテン語のセクチオ・カエサレアsectio caesareaに由来するが、このドイツ語訳については、ユリウス・カエサルが腹壁切開によって出産したことに基づくとする説が一般的であるが、カエスラcaesura(切ること)すなわち妊娠子宮を切開するという意からきた重複語とする説が有力視されており、この説をとって開腹分娩法Schnittentbindung(ドイツ語)とよぶべきであると主張する者もいる。
帝王切開の術式としては、腹式帝王切開と腟(ちつ)式帝王切開がある。腹壁を切開して子宮に達する腹式帝王切開は、妊娠末期に産科手術として実施されているものであるが、腟壁を切開して子宮に達し、子宮峡部縦切開法によって胎児を腟を通して娩出させる腟式帝王切開は、妊娠8か月以前の特別の場合(おもに妊娠中期中絶)以外には用いられない。すなわち、生児を得る目的で行われることはない。
[新井正夫]
腹壁の切開は、臍下(さいか)正中線の縦切開または下腹部の横切開のいずれかによるが、子宮に達する経路に腹膜内帝王切開と腹膜外帝王切開の二つの方法がある。
(1)腹膜内帝王切開 腹壁に続いて腹膜を切開し腹腔(ふくくう)を開放して子宮に達するが、この場合、子宮の切開法に二つの方式がある。すなわち、子宮体部を縦切開する古典的帝王切開と、子宮下部を横切開する頸(けい)部帝王切開で、現在では頸部帝王切開がもっとも一般的に行われる。
(2)腹膜外帝王切開 腹壁切開後に腹膜を切開しないで膀胱(ぼうこう)と腹膜との間隙(かんげき)を分離して広げ、子宮下部を露出したうえで横切開を加え、胎児を娩出する方法である。この場合は腹腔を開かないので、術後の腹膜炎や腸管癒着などの障害はおこらないし、術後の経過も患者にとっては楽である。また、破水後の感染のおそれがある症例には、腹膜炎の発生を避けるための意義もある。しかし、再度の妊娠を避けるための永久不妊手術の卵管結紮(けっさつ)、あるいは筋腫(きんしゅ)などの合併症の治療も兼ねた腹腔内操作を必要とする場合には、この腹膜外帝王切開は行えない。
なお、帝王切開の麻酔には局所麻酔、静脈麻酔、脊椎(せきつい)麻酔、吸入麻酔など種々の方法が単独または併用して行われるが、母児双方の安全と帝王切開適応内容の緊急性いかんを慎重に考慮して選択される。
[新井正夫]
帝王切開は経腟分娩が不可能か、それとも非常に困難で、危険な場合に行われる。すなわち、高度の狭骨盤、児頭骨盤不均衡、前置胎盤、骨盤位(とくに高年初産婦の場合)、子宮や腟の形態異常、あるいは母児いずれかに危険が差し迫って速やかに分娩を完了することが必要な場合などが適応とされる。
しかし、帝王切開の制約として、(1)母体が手術に耐えうること、(2)分娩があまり進行していないこと、(3)胎児が生きていること、(4)母児の安全が確保できること、があげられる。ただし、胎児が小さすぎて母体外で生活不可能な場合や死亡した子の場合でも、母体の生命を救うためには実施されることがある。
[新井正夫]
日本では全分娩の4~5%が帝王切開によるが、死亡率は母体で0.5~1%、胎児は2~5%といわれる。母体死亡率を自然分娩の場合に比べると約10倍も大きいが、この数字は、母児にもともと危険が差し迫っているときに手術が行われるという点を考慮に入れなければならない。
[新井正夫]
古代エジプトや古代イスラエルの時代には、妊婦が死亡したとき腹壁より胎児を娩出させ、埋葬する風習があったといわれるが、帝王切開を生体に最初に行ったのは、16世紀のフランスの外科医ギルベミューJ. Guilbemeau(1550―1609)であり、1610年にはドイツでトラウトマンJ. Trautmannが行っている。しかし、従来の古典的術式を改めて頸部帝王切開術を発表したのはドイツのヨーエルクJoerg(1807)であり、フランクFrankの改良(1907)を経て現在の術式の基礎が確立された。
[新井正夫]
自然の生理的産道を通過することなく,子宮壁を切開して胎児を娩出させること,およびその手術を帝王切開という。ローマのカエサルが子宮切開によって生まれたといわれるので帝王切開sectio caesarea(ラテン語)とする説が強いが,sectioが〈切開〉の意でcaesareaも〈切られたもの〉を意味するところから,〈切る〉の重複語とする説も有力である。
帝王切開には腹式と腟式があるが,腟式は妊娠中期中絶あるいは死胎娩出術式なので,最近では行われない。腹式術式は,腹膜切開の有無によって腹膜内(経腹膜)と腹膜外に,また子宮の切開部位によって体部と下部に,さらに子宮の切開方法から縦切開と横切開に細別される。腹膜外術式は感染のある場合などに行われる。体部切開は古典的な術式で,術中出血や術後癒着が多いため,必要な場合を除いて行われない。現在最も一般的なのは腹式腹膜内子宮下部横切開=子宮下部帝王切開lower segment cesarean sectionで,平均して分娩数の4~5%に帝王切開が行われている。この場合,胎児が生存し,母体外生活が可能なこと,母体が手術に耐えられることなどが条件になる。帝王切開が実施されるのは,胎児・胎盤の存在が母体の生命に危険を及ぼすことや,そのまま自然分娩を待っていては胎児が危険になる場合などである。狭骨盤,児頭骨盤不均衡,前置胎盤,切迫子宮破裂,常位胎盤早期剝離(はくり),遷延横位等がある。なお特殊な方法として,胎児娩出前に妊娠子宮を摘出するポロー手術Porro's operation(原法)がある。
帝王切開は現在では比較的安全な手術になったけれども,次回分娩時に子宮破裂が起こったり,妊娠性が低下したり,月経瘻(ろう)が発生したりすることがある。新生児の側からみると,産道通過に際してのストレスによる内分泌的適応や気道からの羊水排出がないために,呼吸障害を起こしやすい傾向があり,帝王切開症候群を起こすことがある。麻酔下で知らないうちにお産が終わると安易に考えて,帝王切開を希望する人もないではないが,決してよいことばかりではないので,急速遂娩の方法として,医師の判断による最後の救急手段と考えるべきである。
→出産
執筆者:坂元 正一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…ローマのカエサルも母アウレリアのわき腹から生まれたとスエトニウスの《皇帝伝》にあり,大プリニウスもカエサルは母の腹を“切ってcaedere”生まれたからCaesarという名なのだと説明している(《博物誌》第7巻)。いわゆる〈帝王切開〉のはしりである。けれども彼は,母親が死んで子が助かる例の一つとして,カエサルの誕生を述べているのであり,実際,当時の医術水準では母体の死は免れないはずだが,プルタルコスもタキトゥスも賢母アウレリアの話を伝えているし,カエサルが40代半ばを過ぎるまで生きていたとされるから,今日でいう帝王切開による分娩だったかどうかきわめて疑わしい。…
※「帝王切開」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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