(1)能の曲名。観世流は《安達原(あだちがはら)》と称する。四・五番目物。作者不明。シテは鬼女。旅の山伏(ワキ)が陸奥の安達原で行き暮れ,荒野の一軒屋に宿を借りる。あるじの女(前ジテ)は,旅のなぐさみにもなろうと糸車を回して見せながら,あさましい身の上を嘆いたり(〈片グセ〉),気を変えて糸尽しの歌を歌ったりする(〈ロンギ〉)。夜が更けて寒さが増すと,女は薪を採って来ようと言い,留守中に寝屋(ねや)を見ないようにと念を押して山へ出かける。供の能力(アイ)がそっとのぞくと,寝屋には人の死体が散乱している。山伏たちは,さては鬼の住む有名な黒塚だったかと逃げ出す。山から帰って様子を知った女(後ジテ)は,鬼女の形相を現して追い迫り,山伏と争うが,ついに祈り伏せられる(〈イノリ・中ノリ地〉)。人間の心の二面性を描いた能とみることもでき,その場合寝屋を表す小屋の作り物が象徴的な意味をもつ。人形浄瑠璃《奥州安達原》などの原拠。
執筆者:横道 万里雄(2)歌舞伎舞踊。長唄。1939年11月東京劇場で2世市川猿之助(のちの猿翁)が初演。作詞木村富子,作曲4世杵屋(きねや)佐吉,振付2世花柳寿輔(のちの寿翁),舞台装置松田青風。3巻構成になっている。能《黒塚》に取材した舞踊劇は,明治初年以来,数種あったが,本曲は能を脱却した近代的な解釈を加え,バレエから振付にヒントを得ている。装置,照明にも近代感覚を盛り込んだ新舞踊。3世猿之助に引き継がれ,海外公演でも好評を博している。〈猿翁十種〉の一つ。
執筆者:権藤 芳一
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能の曲目。五番目物、また四番目物にも。五流現行曲。観世(かんぜ)流では『安達原(あだちがはら)』という。作者不明。近江猿楽(おうみさるがく)系統の能ともいう。『拾遺(しゅうい)和歌集』の平兼盛(かねもり)の歌「みちのくの安達ケ原の黒塚に鬼こもれりと聞くは誠か」に発想を得た能である。那智(なち)の阿闍梨(あじゃり)祐慶(ゆうけい)(ワキ)が同行の山伏(ワキツレ)や従者の能力(のうりき)を伴って、奥州安達原に行き暮れ、荒野の破屋に宿を借りる。主の女(前シテ)は山伏の望むまま糸車を繰ってみせ、はかない身の上を嘆く(糸の段)が、秋の夜寒に薪(たきぎ)をとろうと山へ登る。見てはならぬと言い置いた閨(ねや)のうちを、山伏の寝静まったのを見澄ましてのぞいた能力は、中に積まれた人の死骸(しがい)に肝をつぶす。さては鬼のすみかかと逃げる山伏たちを、破約を怒り鬼となった女(後シテ)が追って出るが、山伏の祈りに屈し、夜嵐(よあらし)のなかに消えうせる。見てはならぬものを見たために破局が起こる、世界に共通する説話の一典型である。前シテは老婆とするか、いかにも鬼めいた恐ろしげな老女とするか、孤独に耐えかねた中年の女性の扮装(ふんそう)とするか三様の演出があり、後シテも凶悪な鬼女から老体の鬼まで、さまざまな解釈と演出がある。
[増田正造]
歌舞伎(かぶき)舞踊劇。長唄(ながうた)。木村富子作、4世杵屋(きねや)佐吉作曲、2世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)振付け。1939年(昭和14)11月、東京劇場で2世市川猿之助(猿翁)らにより初演。能『安達原(あだちがはら)』の舞踊化で、かつて2世市川段四郎や6世尾上梅幸(おのえばいこう)が演じたものに新解釈を加えた作。安達ヶ原の一つ家に住む老女岩手(いわて)は、悪鬼の本性ながら罪業を悔い、一夜宿を求めた聖僧阿闍梨(あじゃり)祐慶(ゆうけい)の教えによって救われようとするが、固く禁じておいた一室の内を祐慶の強力(ごうりき)にのぞき見られ、人間の虚偽を怒って悪鬼の正体を現し、法力によって退治される。
3景の構成で、とくに第二景の茫(すすき)原で箏曲(そうきょく)を使い、老女が月光の下で仏果を得た悦(よろこ)びを踊るところが見せ場。猿翁の新作舞踊の代表作で、孫の3世猿之助も「猿翁十種」として継承している。
[松井俊諭]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…安達ヶ原は歌枕として多くの歌に詠まれ,安達太良山南東麓の本宮盆地を指すとも言われる。この土地には古くから鬼が住むという伝説があり,たとえば平安後期成立の《拾遺和歌集》に,平兼盛の詠として〈みちのくの安達の原の黒塚に鬼こもれりときくはまことか〉の歌が入っている。この古伝説を踏まえて,謡曲の《安達原》(現在,観世流以外の流派では《黒塚》という)が生まれた。…
※「黒塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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