吹浦(読み)ふきうら

日本歴史地名大系 「吹浦」の解説

吹浦
ふきうら

[現在地名]鶴見町吹浦

現鶴見町の西端部、鶴見半島の基部北岸に位置。吹浦川が北流し、川沿いに低地が開けている。慶長一〇年(一六〇五)の検地目録帳(佐伯藩政史料)に「松浦・ふき村」とみえ、高一一五石余、免一ツ。同一四年佐伯藩主毛利高政は吹浦の理右衛門・市左衛門に荒地開発や井戸普請などを命じている(「毛利高政触書」温故知新録)

吹浦
ふくら

古代からみえる地名で、田島たしまの字吹浦に比定される。「大弐高遠集」に「ふくらといふところのはなを見て」という題詞で「はるかぜのふくらにさけるさくらばなさくほどもなくちりはてぬらん」という歌が収められる。作者である藤原高遠は寛弘元年(一〇〇四)大宰大弐となり(「日本紀略」同年一二月二八日条)、同六年大弐を停止されて上京している(同書同年八月一四日条)。その間に当地の桜花を見て詠んだものであろう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「吹浦」の意味・わかりやすい解説

吹浦
ふくら

山形県北西端、飽海(あくみ)郡遊佐町(ゆざまち)の一地区。旧吹浦村。鳥海(ちょうかい)山西麓(ろく)の日本海に臨み、古くから鳥海山登拝口の一つ。鳥海山頂に本殿のある大物忌神社(おおものいみじんじゃ)の口之宮がある。吹浦漁港や海水浴場があり、岩ガキを特産する。秋田のなまはげに似た小正月行事「アマハゲ」は、「遊佐の小正月行事」として国指定重要無形民俗文化財であるとともに、「来訪神:仮面・仮装の神々」の一部としてユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産にも登録されている。JR羽越(うえつ)本線吹浦駅があり、国道7号が通じる。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「吹浦」の意味・わかりやすい解説

吹浦
ふくら

山形県北西端,庄内平野の北端遊佐町の一地域。古代の貝塚や洞穴遺構が発見され銅刀や大量の石鏃出土 (→吹浦遺跡 ) 。古くから鳥海山 (2236m) のふもとを経て秋田側へ通じる浜街道の要地。江戸時代末期には外国船監視の唐船番所がおかれた。海岸に安山岩溶岩流を刻んだ十六羅漢岩がある。現在は小型船による沿岸漁業が主で,孵化放流も行われ,サケなどを漁獲。鳥海山登山の根拠地で,鳥海・月山の両別宮がある。海岸は海水浴場,湯ノ田には鉱泉がある。

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世界大百科事典(旧版)内の吹浦の言及

【大物忌神社】より

…正称は鳥海山大物忌神社。吹浦と蕨岡に口ノ宮がある。倉稲魂(うかのみたま)神と同神格という大物忌神をまつるが,本来はこの地方第一の高峰それ自体を対象とした自然神崇拝で,山岳仏教が関係して修験道の聖地となった。…

【遊佐[町]】より

…月光(がつこう)川水系では明治末期以来,サケの人工孵化事業が盛んで,全国有数のサケの水揚げがある。河口の吹浦(ふくら)は漁港で,鳥海ブルーラインの入口にあたり,町南部の蕨岡(わらびおか)とともに鳥海登山の根拠地である。付近の吹浦遺跡は石器時代の遺跡である。…

※「吹浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」