見本合わせ(読み)みほんあわせ(英語表記)matching to sample

最新 心理学事典 「見本合わせ」の解説

みほんあわせ
見本合わせ
matching to sample

条件性弁別conditional discriminationの一つで,見本刺激sample stimulusに対して,複数の比較刺激comparison stimulusの中から一つを選び出すタイプの課題総称狭義には後述の同一見本合わせを指す。言語を用いることのできない動物において,種々の知覚・認知過程を調べるために,しばしば利用される学習課題であるが,ヒト幼児や成人に対してもよく利用される。MTSと略称される。

【見本合わせ課題の種類】 見本刺激と比較刺激の関係によって,以下のような名称が用いられる。

⑴同一見本合わせidentity matching to sample 最も基本的な課題であり,見本刺激と一致する比較刺激の選択が求められる。普通に見本合わせというときにはこの課題を指す。幼児や動物で,関係の概念の一つである同異概念same/different conceptの形成を検討するためによく利用されるほか,動物においては知覚過程などを調べるための課題としても多用される。

⑵非見本合わせnonmatching to sample 比較刺激の中から,見本と一致しない比較刺激の選択が求められる課題。呈示される比較刺激数は,正刺激を特定するために2個とするのが普通である。見本外し課題oddity from sampleとよばれることもある。課題遂行者は,排他律exclusion principleによって正刺激を特定するものと想定されるが,種や場面によっては,別の方略が用いられることもある。

象徴見本合わせsymbolic matching to sample 見本刺激Aに対して比較刺激Xを選ぶというように,恣意的に対応づけられた比較刺激の選択が求められる課題。課題遂行者は,当該の見本と比較刺激の間の連合関係を学習しなければならない。すなわちAとXの間に言語的な象徴に類した関係が形成されるとも考えられるため,象徴見本合わせとよばれる。異種見本合わせheterogeneous matching to sampleともいわれる。比較刺激は左右などの位置である場合も多く,この場合には条件性位置弁別conditional position discriminationとよばれる。

 見本合わせはまた,見本刺激と比較刺激の呈示される時間的関係により,以下のように分けられる。

①同時見本合わせsimultaneous matching to sample 比較刺激の選択時に,見本刺激が存在している見本合わせ課題。つまり見本刺激と比較刺激との同時的照合が可能であり,一般に学習は容易であると考えられるが,見本刺激と比較刺激の機能分化が不鮮明であり,見本刺激と比較刺激のすべてを含む全体の刺激布置が,選択反応の手がかりとなる可能性を残す。

②遅延見本合わせdelayed matching to sample 比較刺激の選択時に,見本刺激は消失している見本合わせ課題。つまり比較刺激の選択は,見本刺激の記憶痕跡に基づいて行なわれる。しばしばDMTSと略称される。見本刺激の消失直後に比較刺激が呈示される場合,とくにゼロ遅延見本合わせ0-delay matching to sampleとよばれる。同時見本合わせに比べて,見本刺激と比較刺激の機能分化が明瞭であり,全体の刺激布置が選択反応の手がかりになることは少ないと考えられる。遅延の長さとともに正反応率は低下するのが通常で,これは見本刺激の記憶痕跡の減衰に基づいて生じると考えられることから,短期記憶を測定する目的でよく使用される。後述するように,象徴見本合わせと組み合わせると,記憶における符号化の問題を扱うことができる。

【種々の見本合わせの変形課題】

⑴同異弁別課題same/different discrimination task 二つの刺激を同時に呈示し,それが一致しているか一致していないかを,二つの反応に振り分けて答える課題。一致していれば反応し,一致していなければ反応しないゴー・ノーゴーgo/no-goとよばれる場面や,前者では右ボタン,後者では左ボタンなどのような条件性位置弁別場面,あるいは異なる図形を選ぶ,異なる発声をするなど,多様な振り分け反応が利用される。通常,見本刺激と比較刺激の区別はないが,一方の刺激だけを,他方に一致するまで次々に切り替えることのできる反応を形成して,機能分化させることもできる。比較刺激調整adjustable comparison手続きとよばれている。

⑵系列的見本合わせsequential matching to sample 二つの刺激を順次呈示し,それが一致しているか一致していないかを,同異弁別課題同様,二つの反応に振り分けて答える課題。二つの刺激の間に種々の長さの遅延を導入することで,記憶課題に移行させることができる。継時見本合わせsuccessive matching to sampleとよばれることもある。

⑶遅延交替反応delayed alternation task 一つ前の試行で反応した刺激と逆の刺激を選択することが順次求められる課題。刺激としては位置が用いられることが多く,遅延時間を操作して,位置の短期記憶課題とするのが普通である。遅延見本合わせに比べて比較的容易に形成できるので,生理心理学や行動薬理学においてよく用いられる。

⑷多対1見本合わせmany-to-one matching to sampleと1対多見本合わせone-to-many matching to sample 象徴見本合わせにおいて,A,B,Cに対してXというように,複数種の見本刺激に対して一つの比較刺激を対応づける課題を多対1見本合わせ,逆にAに対してX,Y,Zというように一つの見本刺激に対して複数の比較刺激を対応づける課題を1対多見本合わせとよぶ。自然概念形成や符号化過程を検討するために使用される。

⑸系列項目再認serial probe recognition 系列的見本合わせにおいて,多数の刺激を順次見本刺激として呈示し,最後にプローブとよばれる比較刺激を一つ呈示して,これが直前に呈示された刺激リストの中に含まれていたか否かを答えさせる課題。言語的報告の不可能な動物において,リスト記憶に見られる系列位置効果や孤立効果などを調べるために利用される。

【見本合わせに関連したいくつかの問題】

⑴同一見本合わせの手がかり(刺激性制御) 同一見本合わせは見本刺激と同じ比較刺激を選択する課題であり,素朴に同異を手がかりとした反応,すなわち同異概念が形成されると考えられる。同異概念が形成されていれば,訓練で用いられなかった新奇刺激に対して即座に見本合わせが般化するはずであるが,ヒト以外の動物では,チンパンジーなどを除き,少数刺激の同一見本合わせから容易に同異概念は形成されない。むしろ見本刺激Aに対して比較刺激Xを選ぶというのと同じ意味で,見本刺激Aに対して比較刺激Aを選ぶという個別規則が学習されやすい。非見本合わせにおいても同様に,AならばAを選択しないという規則ではなく,AならばB,BならばAといった正刺激を指定する規則が習得されやすい(Carter,D.E.,& Werner,T.J.,1978)。また前述のように,同時場面では,見本刺激と比較刺激すべてを含む刺激布置が手がかりとして利用される場合もある。

⑵連合の対称性associative symmetry 象徴見本合わせにおいては,AならばXという規則が習得されると考えられる。幼児を含め,ヒトの場合,見本刺激と比較刺激を入れ換えても,即座にXならばAという規則に従う選択がなされる。つまり象徴見本合わせにおいて学習される刺激間の恣意的な連合には方向性がない。これを連合の対称性とよび,刺激等価性stimulus equivalence(任意の事物や刺激の間に成立した機能的な交換可能性)の構成要素の一つである。しかし,ヒト以外の動物では,この規則には方向性があり,AならばX,XならばAを直ちには意味しない(Sidman,M.et al.,1982ほか)。論理的にはヒト以外の動物の方が正しいと考えられ,ヒトはこの面では特異的である。これが経験から学習されたものであるか生得的なものであるかについては議論が分かれるが,この非論理性は言語獲得を容易にしているものと考えられる。

⑶符号化coding 遅延象徴見本合わせにおいては,見本刺激をそのまま記憶して,比較刺激の選択時にその記憶痕跡を対応した比較刺激に変換する回顧的符号化retrospective codingとよばれる方略と,見本刺激をあらかじめ対応した比較刺激に変換して記憶する予見的符号化prospective codingとよばれる方略のいずれかを取ることができる。ヒト以外の動物においても,この二つの方略は適応的に使い分けられ,見本刺激間の弁別を難しくすると予見的符号化が促進され,やさしくすると回顧的符号化が促進される(Urcuioli,P.J., & Zentall,T.R.,1986; Zentall,et al.,1989ほか)。 →概念学習 →記憶の進化 →刺激等価性 →弁別学習
〔藤田 和生〕

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