ノルウェーの劇作家イプセンの三幕戯曲。1879年ドイツ滞在中の作。同年コペンハーゲン王立劇場で初演され、作者の名を世界的にした。弁護士ヘルマーの妻ノラは、3人の子供の母であり、夫からは溺愛(できあい)されている。夫は新年から銀行の頭取に迎えられることになり、その喜びにあふれたクリスマスを背景に劇は展開する。ノラは新婚早々の夫が病気になって転地療養を必要としたとき、夫には内緒で亡父の名を偽署して高利貸から借金をしていた。その悪質男グログスタはいまはその銀行に勤めている。ヘルマーは頭取就任を機に彼を解職しようとするが、相手は例の偽署をたてに逆に夫妻を失脚させるとノラを脅迫する。ついに夫の知るところとなって、彼は最愛の妻に裏切られたとののしる。しかし、グログスタが昔の愛人と結ばれたことで心機一転、借金証を送り返してきて危機は解決され、夫はふたたび妻の意を迎えようとする。しかし、ノラは、自分がこれまでただ人形妻としてかわいがられていたにすぎぬことを知り、「妻であり母である前に一個の人間として生きる」ことを求めて、哀願する夫を振り切り、子供も残して家を去る。上演と同時に、女性解放論者と教会や守旧派との間に激しい賛否の論争がおこり、上演を禁止する国もあったが、ノラは「新しい女」の代名詞となった。日本では1911年(明治44)文芸協会で初演され、松井須磨子(すまこ)扮(ふん)するノラが大きな反響をよんだ。
[山室 静]
『『人形の家』(竹山道雄訳・岩波文庫/矢崎源九郎訳・新潮文庫/島村抱月訳・角川文庫)』
イプセンの3幕戯曲。1879年12月出版,同月コペンハーゲンで初演。物語はクリスマス・イブから3日間のできごと。ノーラはかつて,病気の夫をそれと気づかれずに転地療養させるため,おりしも亡くなった父の偽の署名をした借用証書で金を借り,ひそかに返済しつづけている。この罪の行為が暴露されそうになり,不安と焦りの中でクリスマスを過ごしたノーラは,真相を知ったときの夫の態度から,自分は夫にかわいがられている人形にすぎぬと悟り,人間の真のあり方を探るため夫と子どもを置いて家を出る。幕切れでノーラが閉める玄関ドアの音は女性解放の宣言とみられて世界中で話題になった。サスペンスを盛った娯楽劇的手法で進行するが,ノーラの目覚め後に一変して真剣な議論の劇になる。イプセンは晩年,この劇は女性解放ではなく人間描写の劇だと言った。日本での初演は1911年の島村抱月の訳・演出によるもので,松井須磨子のノーラが評判になった。
執筆者:毛利 三彌
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…このおとなから子どもへという玩具の移行のパターンは,その後もえんえんと続く。たとえば,ルネサンス期にヨーロッパでのぞき箱やミニチュア舞台などのキャビネットが大流行する中で同時に生まれた〈人形の家〉は,貴族の婦人たちのファッション玩具であり,それが多くの子どもたちの手にわたるにはほぼ200年の歳月を要している。 玩具の起源についてさらに述べておかねばならぬことは,同じ機能をもった玩具が,まったく個別にさまざまな民族の間で発生していることである。…
…衣装ぎれも人形用の別織で,顔だちも類型的でなく,モデルがあるらしく,また姿態の均斉も整っている。西欧の人形史からは,〈人形の家〉を逸するわけにはいかない。〈人形の家〉は貴族が自分の邸宅と,そこに住む家族の者の模型を製作させたものである。…
… 一般におもちゃは多少とも実物を模倣したものであり,人形もその一つであるが,模型という言葉には,精巧な,メカニカルなものというひびきがある。16~17世紀のドイツを起源とする〈人形の家doll’s house〉は,細密に仕上げた屋内に,小さな人形や家具,道具類を配置して楽しむもので,模型に含まれるであろう。帆船模型(モデルシップ)も古くから行われていたと思われ,多数の帆にロープを張る複雑な作業が主眼である。…
…78年2月ベルリンの五つの劇場が同時に上演している。続いて《人形の家》(1879),《幽霊Gengangere》(1881),《人民の敵En folkefiende》(1882)といった近代の代表的な〈社会問題劇〉(社会劇)によってイプセンの名は世界的になる。なかでも梅毒遺伝を扱った《幽霊》は,ゾラの提唱した自然主義演劇の典型とみなされ,どこの劇場もすぐには上演しようとしなかった。…
…イプセンの問題劇《人形の家》(1879)のヒロイン。日本ではノラと呼ばれたが,原発音はノーラ。…
※「人形の家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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