改訂新版 世界大百科事典 「アレオパゴス会議」の意味・わかりやすい解説
アレオパゴス会議 (アレオパゴスかいぎ)
太古以来のアテナイで,元老院や最高裁判所の役割を果たしていた会議。アクロポリス西側の小さな丘アレオパゴスAreopagos(Areios pagos)で開かれたので,この名があるが,この丘はアレス神が殺人のかどで神々に裁かれた場所とされており,この会議には神話に由来する古めかしい権威があった。アイスキュロスの劇《エウメニデス》でも,ここでの神話的な裁判が扱われている。貴族制時代には任期10年,次いで任期1年のアルコン職を経た有力者が,審査を経て終身の議員となったから,貴族政治のとりでとして政治的にも重要な役割を果たしたものと考えられている。しかし政治的事件で活躍した具体的な実例は伝えられていない。殺人罪の裁判が主たる任務であり,古くは氏族制的な血の復讐の慣習に対して国家公共の立場から和解の判決を下す役割を演じ,そこから国家の法秩序や役人の行動をも監視するだけの権威を有していたらしい。前487年アルコン職が抽選になったため,アレオパゴス会議の権力も衰微し,さらに前462年には民主派の指導者エフィアルテスらの提案でアレオパゴスの国政監視の権限は剝奪された。かくして政治的には無力になるが,あらゆる官職のうちでこの会議の議員のみは民主政期にも最後まで終身制であり,特異な権威を保持した。前4世紀には古き良き時代の象徴となり,イソクラテスなどの穏健保守派は,その権力の再興を説いた。
執筆者:藤縄 謙三
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