ハンガリー北東部,ヘベシュ県の県都。人口5万7000(2007)。ハンガリー最古の都市の一つで,イシュトバーン1世が11世紀に司教座を置いたのに始まる。モンゴルの襲来後,13世紀後半に城の建設に着手。1552年にトルコ軍に包囲されたが,これを撃退した話は有名で,守備隊長ドボー・イシュトバーンDobó Istvánを主題とする文学作品も多い。しかし96年にはトルコ軍の手に落ち,1687年まで占領された。18世紀初めには,ラーコーツィ・フェレンツの対オーストリア独立戦争に際して,重要な拠点となる。町の景観がほぼ確定したのは18世紀のバロック期で,19世紀には鉄道がここを通らず,工業化の波をかぶらなかったため,バロック様式が今も残っている。19世紀初めに大司教座に昇格,今日まで宗教的色彩を濃く残す。果実とワイン,とくに赤ワインのエグリ・ビカベール(雄牛の血)で有名。第2次大戦後は工業化も著しい。
執筆者:南塚 信吾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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ハンガリー北部、ヘベシュ県の県都。人口5万8331(2001)。ティサ川支流エゲル川の広い谷に位置し、背後をマトラ山麓(さんろく)の丘陵に囲まれた農産物の集散地。11世紀からの司教区の所在地。13世紀に築かれた丘の上の城塞(じょうさい)(1552年トルコ軍との攻防戦で勝利したが、1596年陥落)の遺跡、中世のミナレ教会、城塞博物館など歴史的記念物が多い。名酒ビカベール(牡牛(おうし)の血の意)をはじめとするぶどう酒の名産地として広く知られている。また、近郊には数多くの温泉があり、プール、トルコ式風呂(ふろ)、湯治などに利用されている。
[古藤田一雄]
中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...