日本大百科全書(ニッポニカ) 「えな」の意味・わかりやすい解説
えな
えな / 胞衣
胎衣
胎児娩出(べんしゅつ)後、いわゆる後産(あとざん)として陣痛によって娩出されるもので、胎盤、卵膜、羊膜などが含まれる。字義としては「胞衣」は胎児を包む膜、すなわち羊膜をさし、分娩開始までは胎児との間は羊水で満たされている。「胎衣」は胎盤と羊膜を意味する。えなの娩出をもって分娩は終了する。
なお、えなは胎児の生育にとって不可欠のものであり、古来、いろいろな民間習俗、信仰の対象とされてきた。
[新井正夫]
信仰
エナ(胞衣)は、世界の諸民族を通じて、その扱い方しだいで生児の一生を左右すると信じられている。インドネシア、スマトラ島のクブの人々では、エナを生児の同伴者とみなし、弟、妹とよんでいる。同島のトバ・バタク人も、人間の七つの霊魂のうちの一つがエナであり、これは当人に警告、勇気を与えるという。さらに同島のアチェー人は、エナの死霊が生児の睡眠中を訪れ、遊ぶという。子供の胃痛の際にはエナを埋めた場所に薬草を置き、それでも治まらぬときには、エナを掘り出して乾いた温かい場所に埋め直す。こうした生児との戯れはバリ島、ハルマヘラ島のドベロ人で、一方、泣きやまぬときの処理はスラウェシ(セレベス)島のカイリ人で類似例がみられる。またエナを埋める場所は各種のシンボリズムと結び付いている。既述のアチェー人では、男女の活動領域を示すように、女児なら屋内に、男児なら戸外に埋めるという。パプア・ニューギニアのトロブリアンド島でも、生児の心を栽園にひきつけるために栽園の囲い内に埋める。マレー半島のセマン人では、子供は自分の誕生地の近くにある樹木にちなんだ名前をもらい、その木の根本にエナを埋める。このように地中に埋めるのが一般的だが、料理用の竹筒に収め、炉の上に吊(つ)り下げるスマトラ島のムンタワイ人、海に流すミクロネシア島嶼(とうしょ)部の例もある。さらにエナと生児の成長の関係は、その延長上として死の観念でも表出する。バリ島では、エナが死者を途中で迎え、極楽に導くという。
[関 雄二]
民俗
地方によってアトザン、ノチザン、イナ、イヤ、ヨナなどという。エナが出ることによって分娩は終わり、出ないときは難産となる。エナは生児の分身と考えられ、その取扱い方によって、生児の運命に影響があるものと信じられていた。日本でもエナの始末法にはさまざまな作法があった。エナの埋め方には、人によく踏んでもらう所と、踏まない所の2通りがある。踏んでもらう所では、土間の上がり框(かまち)の下とか敷居の下などで、たくさん人に踏んでもらうほどじょうぶに育つという。また最初に踏んだ者を生児が恐れるようになるので、父親がまず踏んでおくという例は多い。踏まれない所は、産室の床下、便所や厩(うまや)のそば、墓などで、埋め方が悪いと子が夜泣きするという。男女によって埋め場所が違う場合もあり、このとき男児には筆、そろばん、女児には糸、針などをいっしょに入れて、その道に優れることを願った。エナワライといって、滋賀県大津市や沖縄県与那国(よなぐに)島では、エナを埋め終わるとそこに居合わせた者がどっと笑うという風習があった。そのほかエナにはさまざまな俗信が伴っている。
[大藤ゆき]
『木下忠著『埋甕――古代の出産習俗』(1981・雄山閣出版)』▽『松岡利夫著『人生儀礼』(1963・吉川弘文館)』▽『大藤ゆき著『児やらい』(1968・岩崎美術社)』