[1] 〘副助〙 指示して強調する。
[一] 用言へ続く語に下接する場合。→補注(1)。
① 単
文中の用言へ続く語(体言、体言に助詞の付いたもの、活用語の連用形・連体形、副詞)に下接する場合。→補注(2)。
※
古事記(712)上・
歌謡「赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装
(よそひ)斯(シ) 貴くありけり」
※
万葉(8C後)三・四三三「葛飾の真間の
入江にうちなびく玉藻苅りけむ手児名
志(シ)思ほゆ」
② 順接条件句中の用言へ続く語に下接する場合。「…し…ば」の形になる。→補注(3)。
※万葉(8C後)四・七二三「かくばかり もとな四(シ)恋ひば 古郷(ふるさと)に この月ごろも ありかつましじ」
※土左(935頃)承平四年一二月二七日「おのれしさけをくらひつれば」
③ 同じ動詞などを重ねる場合。
※東大寺諷誦文平安初期点(830頃)「世の中に生(いきと
シ)生きぬる人は
父母の恩を蒙らずといふこと无し」
[二] 文中の体言に下接して、全体で体言的に用いられる場合。
格助詞「の」などに続く。→補注(4)。
※万葉(8C後)一一・二六二八(一書歌)「古の狭織の帯を結び垂れ誰之(シ)の人も君にはまさじ」
[2] 〘間投助〙 →補注(5)。
① 文中の、主として体言に続く語、まれに用言に続く語に下接する場合。詠嘆を表わす。
間投助詞の「や」または「よ」の下に重ね用いられることが多い。
※古事記(712)中・歌謡「
はしけや
斯(シ) 我家
(わぎへ)の方よ 雲居立ち来も」
※
書紀(720)景行一七年三月・歌謡「はしきよ
辞(シ) 我家の方ゆ 雲居立ち来も」
② 囃詞
(はやしことば)を構成する場合。
感動詞や、他の間投助詞とともに用いる。
※古事記(712)中・歌謡「
後妻(うはなり)が 肴
(な)乞は
さば 柃
(いちさかき) 実の多けくを 許多
(こきだ)ひゑね ええ
志(シ)やご
志(シ)や こはいのごふぞ ああ
志(シ)やご
志(シ)や こは
嘲笑(あざわら)ふぞ」
※書紀(720)神武即位前戊午・歌謡「今はよ 今はよ ああ時(シ)やを 今だにも 吾子よ 今だにも 吾子よ」
[3] 〘接助〙 前後の句を接続する。
① 打消の「ず」および形容詞の連用形に下接する場合。
※幸若・大織冠(室町末‐近世初)「大しゃのおっかけし時かたなをふると見えしはふせかむためになくし、玉をかくさむ其ためにわかみをかいしけるかとよ」
② 活用語の終止形に下接する場合。並列、順接、逆接などの関係において接続する。古いものほど助動詞「う」「まい」を受ける場合が多い。
※虎明本狂言・富士松(室町末‐近世初)「路次すがら付合をして、付たらば松を取まいし、ゑ付ずは松をとらふ」
※当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉三「無理やり引ぱられるし、酒には酔ってるし」
※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉「盆を持って給仕をしながら、やににやにや笑ってる。失敬な奴だ。顔のなかを御祭りでも通りやしまいし」
[4] 〘終助〙 軽く念をおす。終止した文に下接する。
※滑稽本・穴さがし心の内そと(1863‐65頃)初「みな受取取って戻るのやシ、よいかえ」
[補注](1)(一)(一)の場合、「し」の下に重ね用いられる助詞は係助詞に限られる。
(2)(一)(一)①の場合の述語用言は「顕はる」「あり」など自然な出現に関わる動詞、自発の「ゆ」を伴う動詞、感情形容詞、推量の助動詞、情意性の強い終助詞「かも」などを伴うことが多い。こうした事実から、「し」は、物事を自然のなりゆきとして受けとめる語とする説(大野晋)がある。
(3)「古事記」「万葉集」では、逆接条件句中には用いられない。
(4)(一)(二)の確実例は挙例「万葉‐二六二八」のみである。
(5)(二)は指示性が稀薄で強調の意が強いところから、これらの用法を副助詞とせず、間投助詞とする考え方もあり、本書ではこの考え方に従った。
[語誌](1)((一)について) (イ)語源については指示語の「し」であるといわれる。(ロ)上代では多様に用いられていたが、(一)の用法で、上または下に他の助詞を重ね用いる場合、「しも」を除き、極めて用法が固定している。すなわち「しか」「しこそ」「しは」「をしも」はそれぞれ「いつしか・なにしか」「うべしこそ・かくしこそ」「時しはあらむを」「をしも…み」の形のみをとり、「のみし」「をし」はそれぞれ「ねのみし泣かゆ」「をし待たむ」の形が多いなど。(ハ)中古以後、(一)①の用法では係助詞を下接させる例、(一)②の用法の例がほとんどすべてを占めるようになり、特に後者の例が多い。訓点資料でも、中古初期のものには上代と同様の用法が見られるが、以後固定化していき、「ただし」「なほし」のように語の構成要素として残る。(ニ)上代において宣命には(一)②の用法はなく、「古事記」「日本書紀」にもそれぞれ三例・二例と少ない。(ホ)中世になると、「し」は単独ではほとんど用いられなくなり、(一)②の型を破る例も現われる。
(2)((三)について) 語源については、形容詞終止形による接続用法から、その語尾「し」が遊離独立して生じたものと考えられ、中世から見られる。①は、中世から近世初期の文語調の文に用いられる。②は、近世以後の用法で会話文に多い。
(3)((四)について) 語源については、指示語とかかわりがあると考えられる。近世末、上方の女性語として現われ、江戸語でも娼妓用語として呼びかけで用いられる。これは、今日でも方言として広く分布している。