隠者(読み)いんじゃ

精選版 日本国語大辞典 「隠者」の意味・読み・例文・類語

いん‐じゃ【隠者】

〘名〙
① 遁世した人。俗世間からのがれて、修行や思索にふけっている人。遁世者。よすてびと。
※中右記‐長承二年(1133)正月五日「人々議定父宗政非隠者、父子共候院者也」
雑談集(1305)三「昔江州に、道心有る隠者(インジャ)ありけり」 〔論語‐微子〕
② (形動) 内気でひっこみ思案であること。陰気であること。また、そのさま。
洒落本・浪花花街今今八卦(1784)「陰者(インジャ)な人は、出るとき向ひから見る人がないと、又好んで通ふ人もあるべし」

かくし‐もの【隠者】

〘名〙 私娼。隠し売女。かくしよね。
※俳諧・飛梅千句(1679)賦何秤俳諧「ありさうな雲には月をかくしもの〈仁交〉 親の代なをたまる厂かね〈友雪〉」

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デジタル大辞泉 「隠者」の意味・読み・例文・類語

いん‐じゃ【隠者】

俗世との交わりを避けて、ひっそりと隠れ住む人。隠遁者。隠士。
[類語]世捨て人隠士道士仙人

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「隠者」の意味・わかりやすい解説

隠者
いんじゃ

日本

第一義の、原郷世界に至るべく、世俗世界を離脱する人。隠遁者(いんとんじゃ)、遁世者、世捨て人ともいう。人跡まれな山奥や人里離れた海のほとりなど、世俗世界の辺境を漂泊し、そこに隠れ住む人。そのありようは多様であるが、出身からいって3種類に分けられる。

 第一は、官人貴族が出家剃髪(しゅっけていはつ)した場合。出家剃髪のきっかけは、政治的失脚、老齢、病気、失恋、昇進遅滞の恨みなど、さまざまである。慶滋保胤(よししげのやすたね)や西行(さいぎょう)、鴨長明(かものちょうめい)、吉田兼好(けんこう)などが知られるが、藤原道長(みちなが)や平清盛(きよもり)、あるいは藤原俊成(しゅんぜい)なども隠遁している。西行らが隠者として知られるのは、隠遁後の歌人あるいは文人としての活躍の華々しさにある。中古の官人貴族にとって、出家剃髪することは理想であった。十全とはいえないにせよ、彼らの大多数は隠者として生涯を終えている。隠遁へのあこがれは、古く『懐風藻(かいふうそう)』や『古今和歌集』にも色濃く現れている。

 第二は、官僧が隠遁した場合。僧官僧位を捨て、公請(くしょう)を辞し、官寺を離れ、別所深山の草庵(そうあん)にこもり、あるいは渡守(わたしもり)や乞食(こつじき)に身をやつす。玄賓(げんびん)や増賀(ぞうが)、明遍(みょうへん)などが、『閑居友(かんきょのとも)』『発心集(ほっしんしゅう)』において願わしかるべき隠者として説話化され、一般に知られる。源信(げんしん)や法然(ほうねん)、さらには明恵(みょうえ)にも、隠者のおもかげがみいだされる。

 第三は、庶民が隠遁した場合。役行者(えんのぎょうじゃ)のような呪術(じゅじゅつ)を事とした聖(ひじり)や、遊行女婦(うかれめ)あるいは私度僧(しどそう)など、その源流は古い。中古以後も、高野聖(こうやひじり)のように官寺の周辺にあって勧進(かんじん)などの雑務に携わりつつ、修行に励む人々は多かった。夢幻能(むげんのう)のワキとしてしばしば登場する「諸国一見(いっけん)の僧」もまたこの隠者である。

[佐藤正英]

中国

自分の理想や節義を貫くため、君主のもとを辞し、あるいは最初から仕官を求めず、山林江海に隠れ住む人をさす。逸民(いつみん)、逸士、隠士、隠逸ともいう。中国には古くから隠者の逸話が多く、許由(きょゆう)、伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)、竹林の七賢などが代表的人物とされる。『荘子(そうじ)』の「逍遙遊(しょうようゆう)」には、堯(ぎょう)が天子の位を許由に譲ろうとしたとき、許由はこれを受けず、政治の世界にかかわることを拒否したという挿話が載っている。ここには、世俗の名利を離れて己の生を重んじ、心の安らぎを求める道家(どうか)風の人生観がみられる。また『史記』の「伯夷列伝」には、周の武王(ぶおう)をいさめたがいれられず周の粟(ぞく)(俸禄(ほうろく))は食(は)まぬと首陽山(しゅようさん)で餓死した伯夷・叔斉の話が紹介されているが、ここには、節義を守るために隠者(逸民)になるという儒家風の人生観がみられる。漢代には、山林や江海に隠れるよりも、朝市(ちょうし)(俗世間)に住む隠者のほうが優れているという隠逸観も現れた。六朝(りくちょう)時代には、朝廷に隠れる隠者という意味で、「朝隠(ちょういん)」という語までつくられた。しかし隠者の主流は山林江海に隠れた人々である。

 中国では隠者は一種の治外法権的な存在として重視され、その知的生活は中国文化に影響を与えた。『後漢書(ごかんじょ)』以後の正史には隠者に関する伝記を載せている。

[小林正美]

『桜井好朗著『日本の隠者』(塙新書)』『目崎徳衛著『出家遁世』(中公新書)』『伊藤博之著『隠遁の文学』(1975・笠間書院)』『佐藤正英著『隠遁の思想』(1977・東京大学出版会)』『小林昇著『中国・日本における歴史観と隠逸思想』(1958・早稲田大学出版部)』『富士正晴著『中国の隠者――乱世と知識人』(岩波新書)』

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改訂新版 世界大百科事典 「隠者」の意味・わかりやすい解説

隠者 (いんじゃ)
hermit

ヨーロッパ語としては,ギリシア語erēmitēsに由来するが,それは〈砂漠に住む者〉を意味する。初期のキリスト教では,3世紀にエジプトやパレスティナで,孤独に砂漠のなかで修行を行うもの(隠修士)が現れたことに始まる。彼らは,過酷な自然条件のなかで,わずかな食料,衣服をもって,他人からはなれて改悛と求道の瞑想を行い,生命の極限にいたるまでの禁欲苦行にはげんだ。隠者の行動様式は本来,個々人に特有なものであるが,各地に拡大するにしたがって,より多様化し,故意に誘惑のなかに身をおいて忍耐力をためしたり,一般信徒に説教をほどこしたり,伝道に従事したりするなどの例があげられる。エジプトの隠者修行は,ギリシア正教にうけつがれ,荒野や柱上(柱頭行者)で孤独に修行するものを輩出し,系譜上は現在にまで継承されている。ヨーロッパ世界に導入されたものは,一部はしだいに共住制をとってヨーロッパ修道院制に発展するが,本来の形態をまもるものも,多数存在した。彼らは,森林,荒野に独住し,苦行,禁欲の修行を行うが,また,共同修行施設内で独住堂房をもつものも,隠者のうちにふくめることもある。第1回十字軍の勧請活動で知られる隠者ピエールPierre l'Hermiteのような著名なものもいる。13世紀以降,隠者も共同組織にくわえられることが多く,アウグスティヌス会,カルトゥジア会,カルメル会などが成立し,現在にまで存続する。
執筆者:

日本でも,世俗の生活を捨てたり,そこでの社会的・人間的な関係のもつ制約から逃れ,ときに山野に隠れ住む人を隠者といい,その行為を隠遁という。日本古代の隠遁は老荘や儒教の影響をうけた中国の隠逸を模倣し,官僚社会から逸脱した生活を憧れる観念としてあらわれた。これとは別に,国家の統制下にある宗教教団の外にあって活動する民間宗教家がいた。彼らは(ひじり),仙,行者などと呼ばれた。聖はもともと神秘的な霊力をもつと見られており,10世紀ころから浄土教の発展にともない,念仏聖が注目されるようになった。山岳信仰の行者も密教と結びついて活動した。浄土や山岳を,現世を超えた〈他界〉として絶対視する観念に支えられたものである。平安時代以降,世俗化した寺院を離脱し,あるいは沙弥(しやみ)として教団・寺院の組織に入らぬままで信仰生活を送る者がふえた。彼らを遁世者(とんせいしや)と呼ぶ。これらの人間像が混同されたり重なりあうことで,中世から近世へかけて隠者像が形成された。隠者は世俗から拘束されないという考え方にもとづき,隠者と見られる人びとは文学・芸能で身をたてたり,陣僧(じんそう)として従軍したり,寄付を勧める勧進を行ったり,さらに高野聖(こうやひじり)のように商業活動に従事したりした。隠者の理念と現実の生活との間には大きな差があり,生き方も多様であった。
逸民 →遁世
執筆者:

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「隠者」の解説

隠者
いんじゃ

遁世(とんせい)した人。みずからの意志で俗世間からのがれて生活する人。中世には,仏教思想の影響のもと一つの理想的生き方とされ,隠者が輩出した。その生活のなかでえた思索やものの見方などにより,鴨長明(かものちょうめい)・西行(さいぎょう)・吉田兼好(けんこう)らに代表される,隠者文学と称される中世文学の独自の分野をうみだした。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「隠者」の意味・わかりやすい解説

隠者
いんじゃ
anchorite; anachōrēta

孤独生活を営む修道者,遁世者。西洋では,初代キリスト教時代に発する修道生活最古の形態。孤独が神により近く,至徳の道によりふさわしいとの理念に立つもので,祈り,観想,苦行に専念した。日本の場合,特に平安時代末期以降によくみられ,仏教的諦観に立って俗世間との交渉を断ち,和歌などを詠んだのが特徴。

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普及版 字通 「隠者」の読み・字形・画数・意味

【隠者】いんじや

隠士。

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