隠者(読み)いんじゃ(英語表記)anchorite; anachōrēta

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

隠者
いんじゃ
anchorite; anachōrēta

孤独生活を営む修道者遁世者。西洋では,初代キリスト教時代に発する修道生活最古の形態。孤独が神により近く,至徳の道によりふさわしいとの理念に立つもので,祈り,観想苦行に専念した。日本の場合,特に平安時代末期以降によくみられ,仏教的諦観に立って俗世間との交渉を断ち,和歌などを詠んだのが特徴。

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世界大百科事典 第2版の解説

いんじゃ【隠者 hermit】

ヨーロッパ語としては,ギリシア語erēmitēsに由来するが,それは〈砂漠に住む者〉を意味する。初期のキリスト教では,3世紀にエジプトパレスティナで,孤独に砂漠のなかで修行を行うもの(隠修士)が現れたことに始まる。彼らは,過酷な自然条件のなかで,わずかな食料,衣服をもって,他人からはなれて改悛求道の瞑想を行い,生命の極限にいたるまでの禁欲苦行にはげんだ。隠者の行動様式は本来,個々人に特有なものであるが,各地に拡大するにしたがって,より多様化し,故意に誘惑のなかに身をおいて忍耐力をためしたり,一般信徒に説教をほどこしたり,伝道に従事したりするなどの例があげられる。

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大辞林 第三版の解説

いんじゃ【隠者】

俗世間との交わりを絶ち、修行あるいは自適の生活を送っている人。隠遁者。隠士。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

隠者
いんじゃ

日本

第一義の、原郷世界に至るべく、世俗世界を離脱する人。隠遁者(いんとんじゃ)、遁世者、世捨て人ともいう。人跡まれな山奥や人里離れた海のほとりなど、世俗世界の辺境を漂泊し、そこに隠れ住む人。そのありようは多様であるが、出身からいって3種類に分けられる。
 第一は、官人貴族が出家剃髪(しゅっけていはつ)した場合。出家剃髪のきっかけは、政治的失脚、老齢、病気、失恋、昇進遅滞の恨みなど、さまざまである。慶滋保胤(よししげのやすたね)や西行(さいぎょう)、鴨長明(かものちょうめい)、吉田兼好(けんこう)などが知られるが、藤原道長(みちなが)や平清盛(きよもり)、あるいは藤原俊成(しゅんぜい)なども隠遁している。西行らが隠者として知られるのは、隠遁後の歌人あるいは文人としての活躍の華々しさにある。中古の官人貴族にとって、出家剃髪することは理想であった。十全とはいえないにせよ、彼らの大多数は隠者として生涯を終えている。隠遁へのあこがれは、古く『懐風藻(かいふうそう)』や『古今和歌集』にも色濃く現れている。
 第二は、官僧が隠遁した場合。僧官僧位を捨て、公請(くしょう)を辞し、官寺を離れ、別所や深山の草庵(そうあん)にこもり、あるいは渡守(わたしもり)や乞食(こつじき)に身をやつす。玄賓(げんびん)や増賀(ぞうが)、明遍(みょうへん)などが、『閑居友(かんきょのとも)』『発心集(ほっしんしゅう)』において願わしかるべき隠者として説話化され、一般に知られる。源信(げんしん)や法然(ほうねん)、さらには明恵(みょうえ)にも、隠者のおもかげがみいだされる。
 第三は、庶民が隠遁した場合。役行者(えんのぎょうじゃ)のような呪術(じゅじゅつ)を事とした聖(ひじり)や、遊行女婦(うかれめ)あるいは私度僧(しどそう)など、その源流は古い。中古以後も、高野聖(こうやひじり)のように官寺の周辺にあって勧進(かんじん)などの雑務に携わりつつ、修行に励む人々は多かった。夢幻能(むげんのう)のワキとしてしばしば登場する「諸国一見(いっけん)の僧」もまたこの隠者である。[佐藤正英]

中国

自分の理想や節義を貫くため、君主のもとを辞し、あるいは最初から仕官を求めず、山林江海に隠れ住む人をさす。逸民(いつみん)、逸士、隠士、隠逸ともいう。中国には古くから隠者の逸話が多く、許由(きょゆう)、伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)、竹林の七賢などが代表的人物とされる。『荘子(そうじ)』の「逍遙遊(しょうようゆう)」には、堯(ぎょう)が天子の位を許由に譲ろうとしたとき、許由はこれを受けず、政治の世界にかかわることを拒否したという挿話が載っている。ここには、世俗の名利を離れて己の生を重んじ、心の安らぎを求める道家(どうか)風の人生観がみられる。また『史記』の「伯夷列伝」には、周の武王(ぶおう)をいさめたがいれられず周の粟(ぞく)(俸禄(ほうろく))は食(は)まぬと首陽山(しゅようさん)で餓死した伯夷・叔斉の話が紹介されているが、ここには、節義を守るために隠者(逸民)になるという儒家風の人生観がみられる。漢代には、山林や江海に隠れるよりも、朝市(ちょうし)(俗世間)に住む隠者のほうが優れているという隠逸観も現れた。六朝(りくちょう)時代には、朝廷に隠れる隠者という意味で、「朝隠(ちょういん)」という語までつくられた。しかし隠者の主流は山林江海に隠れた人々である。
 中国では隠者は一種の治外法権的な存在として重視され、その知的生活は中国文化に影響を与えた。『後漢書(ごかんじょ)』以後の正史には隠者に関する伝記を載せている。[小林正美]
『桜井好朗著『日本の隠者』(塙新書) ▽目崎徳衛著『出家遁世』(中公新書) ▽伊藤博之著『隠遁の文学』(1975・笠間書院) ▽佐藤正英著『隠遁の思想』(1977・東京大学出版会) ▽小林昇著『中国・日本における歴史観と隠逸思想』(1958・早稲田大学出版部) ▽富士正晴著『中国の隠者――乱世と知識人』(岩波新書)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

いん‐じゃ【隠者】

〘名〙
① 遁世した人。俗世間からのがれて、修行や思索にふけっている人。遁世者。よすてびと。
※中右記‐長承二年(1133)正月五日「人々議定父宗政非隠者、父子共候院者也」
※雑談集(1305)三「昔江州に、道心有る隠者(インジャ)ありけり」 〔論語‐微子〕
② (形動) 内気でひっこみ思案であること。陰気であること。また、そのさま。
※洒落本・浪花花街今今八卦(1784)「陰者(インジャ)な人は、出るとき向ひから見る人がないと、又好んで通ふ人もあるべし」

かくし‐もの【隠者】

〘名〙 私娼。隠し売女。かくしよね。
※俳諧・飛梅千句(1679)賦何秤俳諧「ありさうな雲には月をかくしもの〈仁交〉 親の代なをたまる厂かね〈友雪〉」

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