〘助動〙 (活用は「ま・◯・む・む・め・◯」。四段型活用。平安時代中期には mu の
発音が m となり、さらに n に変わったので、「ん」とも書かれる。また m は ũ から u に転じて鎌倉時代には「う」を生み、やがて u の発音は前の語の末の母音と同化して長音化するようになった。活用語の未然形に付く。→
う) 推量の
助動詞。現実に存在しない事態に対する不確実な予測を表わす。
① 話し手自身の意志や希望を表わす。…しよう。…するつもりだ。…したい。
※
古事記(712)中・
歌謡「繊細
(ひはぼそ) 撓
(たわ)や腕
(がひな)を 枕
(ま)か牟
(ム)とは 吾
(あれ)はすれど」
※土左(935頃)承平四年一二月二六日「
みやこいでて君にあ
はんとこしものをこしかひもなく別れぬるかな」
②
相手や他人の行為を勧誘し、期待する意を表わす。遠まわしの命令の意ともなる。…してくれ。…してもらいたい。
※古事記(712)下・歌謡「い及けい及け 吾(あ)が愛(は)し妻に い及き逢は牟(ム)かも」
※宇津保(970‐999頃)
春日詣「などかくはいそぎ給ふ。花を見てこそ帰り給はめ」
③ 推量の意を表わす。
(イ) 目前にないこと、まだ実現していないことについて想像し、予想する意を表わす。…だろう。
※古事記(712)上・歌謡「山処
(やまと)の 一本薄
(ひともとすすき) 項傾(うなかぶ)し 汝が泣かさ麻
(マ)く 朝雨の 霧に立た牟
(ム)ぞ」
※枕(10C終)三六「端にこそたつべけれ。おくのうしろめたからんよ」
(ロ) 原因や事情などを推測する場合に用いる。…だろう。…なのであろう。
※古事記(712)下・歌謡「かくの如 名に負は牟(ム)と そらみつ 大和の国を 蜻蛉(あきづ)島とふ」
※伊勢物語(10C前)
二三「をとここと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて」
(ハ) (連体法に立って) 断定を婉曲にし、仮定であること、直接経験でないことを表わす。…であるような。…といわれる。…らしい。
※古事記(712)中・歌謡「命(いのち)の 全(また)け牟(ム)人は 畳薦(たたみこも) 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)にさせ その子」
※徒然草(1331頃)五九「大事を思ひ立たん人は、去りがたく心にかからん事の本意を遂げずして」
[語誌](1)原形をアムとする説がある。
(2)未然形「ま」は、上代のいわゆるク語法の「まく」の形に現われるものだけである。
(3)形容詞型活用や助動詞「ず」には、「あり」を介して付くのが常であるが、上代では、形容詞型活用にはその古い未然形語尾「け」に付く。「大魚(おふを)よし 鮪(しび)突く海人(あま)よ 其(し)が離(あ)れば うら恋(こほ)しけ牟(ム) 鮪突く海人」〔古事記‐下・歌謡〕、「逢はずして行かば乎思家(をしけ)牟(ム)まくらがの許賀(こが)漕ぐ舟に君も逢はぬかも」〔万葉‐三五五八〕など。
(4)助動詞「けむ」は、もと過去の助動詞「き」の未然形にこの「む」が結合したという説がある。そのほか、「らむ」「まし」なども、この「む」に関係あるといわれる。
(5)「む」は接続助詞「ば」が下接しないこと、「き」「つ」などの「過去・完了の助動詞」が下接しないことなど、「けむ」「らむ」と共通している。
(6)断定の助動詞「なり」(「にあり」を含む)に下接するときに「原因推量」を表わすように思われることがあるが、これは「なり」の働きによって成立する用法で、「む」そのものが単独で「原因推量」を表わしているのではない。(7)「む」は中古以降、徐々に「う」へと変化していき、室町時代には「う」が一般化する。