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アクシオン・フランセーズ アクシオン・フランセーズAction française

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アクシオン・フランセーズ
Action française

20世紀初めの 40年間活躍したフランスの右翼団体。 1898年ドレフュス事件に刺激され,反議会,反ユダヤ,国家主義の風潮が高まるなか,そうした運動を推進するため,哲学教授 H.ボージョアと文芸批評家 M.ピュジョを中心に設立された。 99年に評論誌『アクシオン・フランセーズ』を発行,共和制の自由主義と民主主義を非難し,統合国家主義 nationalisme intégralを旗印とした。 C.モーラス,L.ドーデ,J.バンビルが三大指導者であった。モーラは,A.コントの実証主義に基づく保守的経験主義と,カトリシズムを土台とする権威主義を取入れ,「分権的,反議会主義的,世襲的」王制を主張し,反ユダヤ主義を広めた。その後の運動形態としては,選挙に参加せず,「カムロ・デュ・ロアCamelots du roiという名の,王党派青年・学生行動隊による暴力的な直接行動を中心とし,1925~26年がその絶頂であった。カトリック教会はその青年層への影響をおそれ,また国家主義がローマの指導力を制約するのをおそれて 26年に異端を宣告,それに対しアクシオン・フランセーズ側も反教権の立場を鮮明にしたが,39年には和解した。 33年のスタビスキー事件後フランスの左翼攻勢の中心勢力となったが,人民政府樹立後の 36年に解散命令を受けた。しかしその後も勢力を温存,第2次世界大戦にはビシー政府の支柱となり,ナチス・ドイツに協力したが,反独ナショナリズムの機運も残存しており,運動から離れる者も多く出た。戦後ビシー政府に協力していたため解散させられたが,雑誌『フランスの諸相』 Aspects de Franceなどを中心にその精神は引継がれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アクシオン・フランセーズ
あくしおんふらんせーず
Action franaise

フランスの国粋主義的政治団体。「フランス(人)的行動」の意。ドレフュス事件(1894~1899)のさなか、反ドレフュス派の最先鋭分子を糾合して結成された。同名の機関紙も発行し、その理念は国粋(国家)主義、愛国主義、反共和主義、反議会民主主義、伝統主義、カトリック主義、反ユダヤ主義であり、思想家モーラスや作家ドーデの思想が大きく投影している。第二次世界大戦前にこの団体が名をはせたのは、広く左翼政治家を巻き込んだ疑獄事件「スタビスキー事件」(1933)と、それに続く右翼諸団体によるパリの大暴動事件「一九三四年二月六日事件」である。武装団体をも擁して反共和制活動に狂奔したため、こうした運動に触発されて発展した人民戦線運動の圧力により、1935年末解散させられた。[石原 司]

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