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アケメネス朝美術 アケメネスちょうびじゅつAchaemenid art

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アケメネス朝美術
アケメネスちょうびじゅつ
Achaemenid art

アケメネス朝治下の古代イラン美術。代表的なものとして,壮大なペルセポリスの遺跡がある。大基壇と列柱からなり,壁面には神獣や人物などの写実的で力強い石の浮彫装飾がみられる。工芸では金銀器に優れた製品があり,主題には伝統的な動物意匠が用いられている。現存する主要な遺構として,パサルガダエ遺跡スーサ遺跡,キュロス2世王墓,ナクシェ・ロスタム遺跡ビーシトゥーン (ベヒストゥーン) のダレイオス1世の戦勝記念碑などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

アケメネスちょうびじゅつ【アケメネス朝美術】

アケメネス朝は,西アジア(メソポタミア),小アジアから中央アジアに及ぶ広大で多様な領域を支配下に収めた。そのため同朝は,帝国内の各地域にすでに存在していた多くの美術から諸要素を摂取し,それらを一定の趣向ないし理念に従って折衷・融合して,これ以上発展の余地がないほど完成された宮廷様式を確立し,それを全土に広めた。同朝の美術は原則として帝王や貴族の趣向に合致した世俗的なものであり,宗教美術民衆芸術と呼ぶものは実在しなかった。

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世界大百科事典内のアケメネス朝美術の言及

【ササン朝美術】より

…ササン朝美術は,宗教と一体となった帝王の権威を誇示することを目的としたもの,ないしは帝王を中心とする宮廷貴族文化に関係したものが大半を占める。ササン朝美術の形成にあたりアケメネス朝美術の伝統をふまえ,前代のパルティア美術,同時代のローマ,ビザンティン美術の摂取総合がなされた。そこにはイラン民族のすぐれた装飾感覚とササン朝独特の写実主義との調和がみられ,高い完成度に達して,イランの古典美術となった。…

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