改訂新版 世界大百科事典 「アゲハチョウ」の意味・わかりやすい解説
アゲハチョウ (揚羽蝶)
Papilio xuthus
鱗翅目アゲハチョウ科の昆虫。アゲハ,ナミアゲハともいい,昔はアゲハノチョウともいった。東アジア特産で熱帯には分布せず,温暖な気候を好む。日本全国に産し,アゲハ類の中では人家付近にもっともふつうである。山地にも産するが,春~初夏を除いては他のアゲハ類より少ない。年に最低2回,暖地では年6回くらい発生し,幼虫はユズボウとも呼ばれミカン科植物の若葉を好む。4齢までの幼虫は黒色で白紋があり,鳥の糞のように見えるが,5齢になると鮮やかな黄緑色に変わる。市街地,団地などのミカン類やサンショウの鉢植にもよく幼虫が発生する。さなぎには緑色のものと褐色のものとがあるが,これは主としてミカン科植物のにおいの有無によると考えられ,においの少ないところほど褐色の個体が多くなる。越冬はさなぎで行う。春型の成虫は開張8cmと小型で,黄色い地色が鮮やかである。夏型は開張12cmと大きく,黒色部が発達し雌の後翅に橙色の紋が現れる。なお,フィリピン北部山地には翅の横長な亜種が生息している。
アゲハチョウはモンシロチョウと並んで理科教材として親しまれ,また,昆虫生態・生理学などの実験材料にも利用されている。
アゲハチョウ科
アゲハチョウ科Papilionidaeのチョウは開張が最小4cmから最大28cmくらいの中型~大型で,美しいものが多いが形,斑紋などはきわめて変化に富む。極地を除く世界中に広く分布し,550種前後が知られている。熱帯雨林に多くの種が見られるが,どちらかといえば北半球に多く,南アメリカとアフリカ両大陸では他のグループのチョウほど種類数が多くない。
成虫は一般に陽光を好み,花を訪れる。大型種の雄には一定の区域内を規則的に巡回飛翔する習性をもつものが多い。熱帯産のものや温帯産の夏型には羽化後まもない雄が吸水行動を見せるものが多く,それらがときに大群を形成する。これを利用して多くの個体を採集している業者が外国にいる。
卵,幼虫,さなぎも成虫と同様,きわめて変化に富む。幼虫は頭部の後ろに臭角と呼ばれ,裏返しに飛び出し,酸性液を分泌する囊をもつ。これは天敵の撃退の役割をすると考えられている。さなぎは体を尾端と胸部で支える帯蛹(たいよう)形式をとる。
アゲハ類はメキシコ特産の1種を除けば大きく2亜科に分けられる。
ウスバシロチョウ亜科Parnassiinaeは中型からやや小型のものが多い。約50種がアフリカの大部分と中・南米,オセアニアを除く地域に分布し,おもに草原と森林周辺にすむ。日本にはウスバシロチョウ属3種(北海道特産のウスバキチョウ,ヒメウスバシロチョウ。北海道,本州,四国に分布するウスバシロチョウ),ギフチョウ属2種(北海道,東北,中部内陸産のヒメギフチョウ。本州特産のギフチョウ)と最近東京付近に定着したと見られるホソオチョウの計6種が分布している。
アゲハチョウ亜科Papilioninaeには490余種が含まれる。草原性のものは少なく,多くは森林性である。日本には主として後翅に尾のある真正アゲハ類(英名swallowtail)11種(アゲハチョウ,キアゲハ,オナシアゲハ,カラスアゲハ,オキナワカラスアゲハ,ミヤマカラスアゲハ,クロアゲハ,オナガアゲハ,モンキアゲハ,シロオビアゲハ,ナガサキアゲハ),アオスジアゲハ類2種(アオスジアゲハ,ミカドアゲハ),ジャコウアゲハ類2種(ジャコウアゲハ,ベニモンアゲハ)の計15種が分布している。
この日本に21種が分布するのはヨーロッパ全域の11種と比べれば多いといえる。ギフチョウとオキナワカラスアゲハは特産種で他は近隣の東アジア諸国と共通するが,日本の亜種は巨大化の傾向が著しく,キアゲハ,モンキアゲハ,ミヤマカラスアゲハの夏型の雌はアジア最大である。
日本には産しないが,インドからインドシナ,ニューギニアにかけて分布するキシタアゲハ属とトリバネチョウ属の30余種は巨大で華麗なチョウである。キシタアゲハの仲間は前翅が黒色,後翅に黄色の大きな斑紋があり,雌雄間の斑紋の差は大きくない。トリバネチョウの仲間は,雄が黄色,緑色,藍色,橙色などと黒色の豪華な斑紋をもつのに対し,雌は大柄で黒地に白紋と黄紋だけのじみな装いである。幼虫はいずれもウマノスズクサ類を食草とする。
執筆者:高倉 忠博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報