アビラ(読み)あびら

デジタル大辞泉 「アビラ」の意味・読み・例文・類語

アビラ(Ávila)

スペイン中部の都市。マドリードの西方に位置する。11世紀に建設された古都で、旧市街は城壁に囲まれ、城壁の外には古い教会修道院が多くみられる。これらは、1985年「アビラの旧市街と城壁外の教会群」の名で世界遺産文化遺産)に登録された。アービラ

アビラ(Abila)

グウエイルベ

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日本歴史地名大系 「アビラ」の解説

アビラ
あびら

漢字表記地名「安平」のもとになったアイヌ語に由来する地名。本来は河川名であったと考えられる。当地一帯は近代に入り安平あびら村に包含された。仮名表記は「アビラ」(木村「蝦夷日記」、「戊午日誌」新道誌)のほか「アフラ(板本「西蝦夷日誌」)もある。木村「蝦夷日記」によれば「アビラ」と「フシコアビラ」があった(寛政一〇年一一月二三日条)。板本「西蝦夷日誌」に「従会所裏東え一条の川有、アフラ本名シヤピラと云。此川に舟を入見るに、土地低く、両岸湿地多し。(中略)上は二股になる。右をシノマンアフラ源アツマの方に到ると云、左り股小川多けれども字存せざるよし。其訳は魚類少きが故なりと」「土人昔しは住せしが、今は皆浜に下りしと。

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改訂新版 世界大百科事典 「アビラ」の意味・わかりやすい解説

アビラ
Ávila

スペイン中央部アビラ県の県都。旧カスティリャ平原の南端,グレドス山地北麓,標高1000mの高原都市。人口4万4618(1986)。ローマの植民都市アベラに始まり,使徒聖ペテロの弟子が布教した。714年のイスラム教徒の占領から11世紀末のキリスト教徒による国土回復戦争まで,両勢力の最前線に位置し,11世紀半ばには高さ12m,長さ2.5kmの市壁で町を完全に取り囲んだ。1120年頃に司教座が置かれ,大聖堂(12世紀半ば着工,15世紀完成)は要塞を兼ね,市壁の一部となっている。町が最も脚光を浴びたのは16世紀で,〈聖者たちのアビラ〉と呼ばれ,修道院の改革の中心となった。カルメル会テレサが生まれ,十字架の聖ヨハネが住んだ。また,16世紀のコムネロスの反乱ではカルロス1世に反対して決起した中心的な都市の一つであった。17世紀初め,モリスコの追放によって,経済活動は衰退した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アビラ」の意味・わかりやすい解説

アビラ
あびら
Ávila

スペイン中央部、カスティーリャ・イ・レオン地方にあるアビラ県の県都。人口4万9712(2001)。ドゥエロ川ドーロ川支流アダハ川の東岸、グアダラマ山脈北側の丘陵上、標高1131メートルに位置する高地の都市。県都としては最高所にある。旧カスティーリャ盆地にあるサラマンカなどと比較して冬の気候は厳しく、過去(1931~1960)最低気温は零下20.4℃である。しかし夏は清流と高度のおかげでしのぎやすい。毛織物工業がある。

 ローマ時代はアベラAvelaと称し、8~10世紀にはムーア人の支配を受けたが、1090年からはキリスト教徒が奪回し、国土回復戦争(レコンキスタ)の重要な拠点となった。16世紀にとくに栄えたが、1607~1610年、フェリペ3世がムーア人を祖先とする市民の追放を行って以来、衰退し始めた。中世の姿をとどめる古い市街地には花崗岩(かこうがん)をそのまま用いた建物が多く、88の塔を備えた11世紀の城壁で囲まれている。城壁外にあるスペイン有数のロマネスク建築のサン・ビンセント教会をはじめ、サン・サルバドル大寺院、13世紀からルネサンスに至る彫刻を備えた宮殿など、歴史的建築物が多くみられる。また、聖女テレサ・デ・ヘススの生地として訪れる巡礼者も多く、スペインにおける宗教の中心地であるとともに、観光地ともなっている。旧市街と城壁外の教会は1985年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。

[田辺 裕・滝沢由美子]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アビラ」の意味・わかりやすい解説

アビラ
Ávila

スペイン北西部のカスティリア・レオン自治州アビラ県の県都。正式名称はアビラデロスカバリェロス Ávila de los Caballeros。マドリードの北西 115km,標高 1132mの高地に位置する。ドーロ川の支流,アダハ川に沿う。12世紀につくられた約 2500mに及ぶ多角形の城壁で囲まれる旧市街は,12~16世紀の大聖堂,この地で生まれた聖女テレサを記念する聖テレサ修道院など,古い宮殿や荘重な建物が多く,1985年世界遺産の文化遺産に登録。その多くは 16世紀のプラテレスコ様式で,特にフアン・デ・アルフェ・イ・ビリャフェンの作が有名。自動車工業がある。人口 5万2563(2006推計)。

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