もともとは〈契約〉〈誓約〉〈拘束〉などの意。しかし第2次大戦の直後から,作家で哲学者のサルトルがこの語を用いて一つの思想的立場を打ち出すに及び,〈政治参加〉〈社会参加〉といった意味でも広く用いられるようになった。
サルトルによれば,人間はだれしも自分のおかれた状況に条件づけられ,拘束されているが,同時にあくまでも自由な存在である。したがって,どんな局面においても人はその状況の限界内で自由に行動を選択しなければならないし,自由に選択した以上は自分の行動に責任を負わねばならない。さらにまた人がいったんある行動を選択すれば,その行動は変更の許されない過去となって当の本人を拘束するのであるから,人間の自由とはたえず選択を行いつつ自己を新たに拘束していくことでもある。しかも究極において人間を条件づけているのは,政治・社会・歴史など,ひと口に言えば世界の全体であるから,人はその世界に働きかけて,いっそう選択の可能性を広げ,自己をますます解放しなければならない。およそ以上が,出発点における彼のアンガージュマンの思想の骨子であった。
このように,自由・行動・責任を軸にした倫理的な哲学は,第2次大戦直後の混乱した時代のなかで,まずフランスの青年層に強い共感を与え,次いでその影響は世界的に広がった。というのも,大戦中のドイツ,イタリア,日本などのいわゆる〈枢軸国〉の全体主義に対する憎悪と,大戦後に米ソ両大国の〈冷たい戦争〉が圧倒的に世界を支配していた情勢への不満のなかで,アンガージュマンの主張は個人の自由に基盤をおきつつ,世界(すなわち状況)が変わりうるものであることを前提にしていたためである。その意味で,これは当時の感じやすい若者たちに,一つの希望を与える思想であった。
けれども世界を変えるためには,世界の全体的な把握に近づく方法が必要となる。サルトルはその方法をまずマルクス主義に求め,次いでマルクス主義を精神分析や社会学によって補完しつつ,独自の方法を磨いた。その結果,彼のアンガージュマンは単純な政治参加の意味から,歴史全体を無限のかなたの目標として見定めた一種の深い行動の哲学,実践的な世界観になった。しかしこうした模索のつづけられていた1960年代には,世界情勢は変化して,先進国や大国相互のあいだでは一種の相対的安定期が訪れ,その情勢に慣れた人びとは,60年代末の一時期を除けば,むしろ現状肯定的な思想や,具体的世界と切り離された抽象的思考に走ることが多く,変革を目指すアンガージュマンは流行現象としては後退した。しかしこれが問題にした〈個〉と〈全体〉,〈行動する自由〉と〈世界〉の関係は,解決されたわけではないから,アンガージュマンの思想は今後も形を変え,新たな思想に取り入れられて再生するであろう。
執筆者:鈴木 道彦
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もともとは、契約、拘束などの意味だが、政治や社会の問題に進んで積極的に参加していくことをさすことばでもある。とりわけ第二次世界大戦直後に、サルトルがこの語を多用して以来、これは彼を中心とする無神論的実存主義のグループの思想と切り離せないものになった。
サルトルの哲学によれば、意識存在である人間は、めいめいが自由な選択によって過去を乗り越え、現に存在している自己を否定しつつ、まだ存在していないものをつくりだしていく。したがって人間のあり方は、現在の状態からの自己解放であるとともに、まだ存在しない目的へ向かっての自己拘束(アンガージュマン)であると規定できる。しかも人間は「世界内存在」であって、他者とともにあらかじめこの世界に拘束されているのであるから、それぞれの状況に働きかける各自の選択こそ、なによりも重視しなければならないものである。
サルトルの主張したこのようなアンガージュマンは、けっして狭い意味での政治行動や社会参加に限定されるものではなく、時代や状況に束縛されていながら同時に自由な存在でもある人間が自己を実現していく仕方のことであり、したがって、各人の責任を強調するきわめて倫理的な思想であった。しかもサルトルは徐々にマルクス主義を受け入れていったために、それに応じてアンガージュマンの概念もいっそうの広がりをもち、ついに歴史の全体性への参加、という意味すら帯びるに至った。
さらにこのアンガージュマンは、文学の創造に関しても指摘された。サルトルが第二次世界大戦前の作家たちの無責任性を厳しく追及して、同時代人のために書き、かつ同時代に責任を負っていくことこそ、ものを書く人間のあるべき姿であるとし、こうして「アンガージュマンの文学」を提唱したからである。しかしこの領域でも、彼は少しずつ狭い政治主義から脱して、作家が自分の独自性を深く掘り下げて全体と普遍に迫ることこそ、文学のアンガージュマンであると考えるようになった。
こうした態度は、第二次世界大戦後から1960年代まで、単にフランスだけでなく、世界的に先進国の青年たちに訴えるものをもっていた。1960年代以後、アンガージュマンの流行はいったん終わったが、個と全体を同時にとらえようとしたこの試みの意義が失われたわけではない。
[鈴木道彦]
『サルトル著、伊吹武彦他訳『実存主義とは何か』増補新装版(1996・人文書院)』▽『サルトル著、伊吹武彦・加藤周一他訳『文学とは何か』改訳新装版(1998・人文書院)』
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