イザイホー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

沖縄県南城市久高島で 12年に一度,午年の旧暦 11月15~18日の 4日間行なわれる大祭。島で生まれ育った女性は,30歳を過ぎると 70歳になるまで,島の神々の祭祀に携わる神女として生きる。イザイホーは,前回の祭り以降に 30歳以上になった女性を新たに神女とする祭りで,先輩の神女に導かれつつ森に入るなどして神女としての資格を得る。初日の夕刻,ナンチュと呼ばれる新入りの神女が,唱え(となえことば)をしながら祭場の拝殿を 7度回り,「七つ橋」と呼ばれる仮設の橋を渡って森に入る儀式があるが,この際に橋から落ちる者は日頃の素行が悪く,神女の資格がないとされる。最終日には,神女全員が男性と綱引きをして東方の海上にあるとされる異郷,ニライカナイの神を迎えてまつり,最終的に神女としての資格を得る。だが,1990年以降,新たに神女となる若い女性がいなくなったことから,行なわれていない。

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世界大百科事典 第2版の解説

沖縄県島尻郡知念村字久高(くだか)に伝わる祭事。12年に1度午(うま)年の旧11月15日から5日間にわたって行われ,久高島で生まれたナンチュと呼ばれる30歳から41歳までの女性が〈みこ〉としての資格を得て,ノロ頂点とする祭祀集団に加入して神女になる儀式。祭りに先立つ1ヵ月前から祭祀の主宰者であるノロや先輩格のヤジクが,今度初めて祭りに参加するナンチュを率いて島内の聖所を巡拝する〈御願立おかんだて)〉の行事をすませる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沖縄県南城(なんじょう)市の久高(くだか)島の行事。地元ではイジャイホーという。首里王府時代の名残(なごり)をとどめる古風な祭りとして知られる。12年に一度、午(うま)年の旧暦11月に行われる。年齢階層制による通過儀礼の一つで、女の成巫(せいふ)儀礼に相当する。行事の主眼は、ナンチュとよばれる30歳(数え年)から41歳までの女が、15日から3晩、村の祭場の後ろにあるイザイ山の仮小屋にこもるところにあり、その間、4日にわたり、祝女(のろ)の主宰で、ナンチュ以上の年齢の女たちが参加して、歌や踊りを伴う神事を行う。

 ナンチュとは「成り人」の意で、イザイホーが済むと、村の神事に加わり、婚家の神事をつかさどる資格を得る。同じく午年の旧暦8月10日に行われるナージキー(名付け)が15歳から26歳までの男たちの成人儀礼であるのと対(つい)をなしている。後継者不足のため、1978年(昭和53)以降、イザイホーは行われていない。

[小島瓔

『比嘉康雄著『神々の古層 5 主婦が神になる刻』(1990・ニライ社)』

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世界大百科事典内のイザイホーの言及

【久高島】より

…古くは琉球王みずから久高島に渡り親拝があったといわれる。また12年目ごとの午年に行われるイザイホーの祭事はノロを中心とする女子の祭祀(さいし)組織によって営まれている。島の産業は半農半漁で,集落は南西端に位置し,耕地は部落共有で,明治の土地整理以前の地割制の跡が今なお残っている。…

【舞】より

…本来は,神の依代(よりしろ)や神座(かみくら)を中心として,その周囲を繰り返し回りながら神がかりする,呪術宗教的な行動を意味した。沖縄県島尻郡の久高(くだか)島で12年に一度,午の年に,5日間にわたって行われる入巫式イザイホーは,今もなお,舞の原形態をとどめており,また,小児遊戯の〈かごめかごめ〉は,神がかりの舞がぼやけて残った姿だといわれている。舞はこのような性格のものであったから,それが芸能化されてからも,声聞師(しようもじ)などの呪術芸能者が担当した。…

※「イザイホー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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