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インノケンティウス[3世] インノケンティウス

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百科事典マイペディアの解説

インノケンティウス[3世]【インノケンティウス】

ローマ教皇(在位1198年―1216年)。ローマの貴族出身。1190年以来枢機卿として教皇庁改革を行う。ドイツ皇帝の選挙に干渉し,イングランドジョンフランスフィリップ2世を破門したほか,第4ラテラノ公会議(1215年)を招集して,異端討伐(アルビジョア十字軍),教会刷新に努めた。
→関連項目ジョン[欠地王]ブービーヌの戦フリードリヒ[2世]

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世界大百科事典 第2版の解説

インノケンティウス[3世]【Innocentius III】

1160‐1216
ローマ教皇。在位1198‐1216年。ローマの貴族の出身。パリで神学,ボローニャで法学を学んだ後教皇庁に入り,1198年38歳の若さで教皇となる。フリードリヒ2世後見人としてドイツ皇帝の選挙に干渉し,離婚問題でフランス王フィリップ2世を破門し,イギリス王ジョン(欠地王)には封臣の誓いをさせるなど,教皇中最大の権威を誇った。彼の招集した第四ラテラノ公会議(1215)は異端対策,教会刷新,十字軍の組織化に大きな役割を演じた。

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世界大百科事典内のインノケンティウス[3世]の言及

【ラテラノ公会議】より

…(3)第3回(1179) アレクサンデル3世Alexander IIIによって皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)との〈ベネチアの和議〉を確認するため開催。(4)第4回(1215) インノケンティウス3世Innocentius IIIによって召集され,異端鎮圧や第4回十字軍をはじめ,神学,典礼,教会法など多くの議題が論議された。(5)第5回(1512‐17) ユリウス2世Julius IIが反教皇的なピサ公会議(1511)に対抗するために開催したが,緊急に必要とされる改革はほとんど手をつけられずに終わった。…

【アルビジョア十字軍】より

…1145年聖ベルナールの巡回以来,ドミニコ会の登場まで教会の異端対策はシトー会が指導した。1208年教皇使節がトゥールーズ伯の家臣に殺害されると,教皇インノケンティウス3世は十字軍を宣布した。09年十字軍はリヨンに集結,ローヌ川沿いに南下する。…

【教皇】より

…かくてゲルマン民族移動時代において,ローマ司教は教皇としてローマ・イタリア民衆の霊的中心となった。その牧者的姿はダマスス1世DamasusI(366‐384),インノケンティウス1世InnocentiusI(401‐417),ケレスティヌス1世CoelestinusI(422‐432),レオ1世に見られる。教皇職の西欧中世での発展はグレゴリウス1世によって基礎づけられた。…

【キリスト教】より

…その後教皇ウルバヌス2世のときに十字軍が発足し(1096),教皇権の絶頂期を迎える。インノケンティウス3世(在位1198‐1216)はフランスとイギリスでも支配権を獲得し,イギリスではジョン王を屈服させてマグナ・カルタ(大憲章)成立の機をつくり,さらに第4次十字軍と少年十字軍をおこして東方正教会のローマへの従属という歴代教皇の夢を実現しようとしたが,これらのことは,叙任権闘争が本質において政治的であって宗教的ではないことを思わせるにたりる。この間,教会法はグラティアヌスのようなすぐれた学者をえて発達した。…

【シチリア王国】より

…しかし男系が絶えたため,グリエルモ1世の妹コンスタンツァと結婚したホーエンシュタウフェン家のハインリヒ6世が王位継承権を主張し,各地の抵抗を鎮圧して即位した(在位1194‐97)。彼の死後,王国は教皇インノケンティウス3世の仲介によってハインリヒの子フリードリヒ2世(在位1198‐1250)に受け継がれたが,その際に,教皇はノルマンのシチリア征服以来王国が教皇の封臣であることを宣言した。フリードリヒはノルマン朝の伝統を受け継ぎ,教会,都市,封建領主などの権利を厳しく制限し,官僚制を整え,裁判権を集中する一方,塩,鉄,絹などの国家独占によって財政基盤を強化した。…

【ラテラノ公会議】より

…(1)第1回(1123) カリストゥス2世Callistus IIによって召集された西方最初の世界教会会議で,その前年同教皇と皇帝ハインリヒ5世との間で締結されたウォルムス協約の承認を求めたもの。(2)第2回(1139) 教会改革のためインノケンティウス2世Innocentius IIによって召集され,アナクレトゥス2世Anacletus IIの離教やブレシアのアルノルドゥスArnoldusの教義に対し非難決議を行った。(3)第3回(1179) アレクサンデル3世Alexander IIIによって皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)との〈ベネチアの和議〉を確認するため開催。…

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