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ウェスト ウェストWest, Anthony

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウェスト
West, Anthony

[生]1914
[没]1987.12.27. コネティカット
イギリス生まれの評論家,小説家。アメリカに帰化。小説『闇夜』 On a Dark Night (1949) ,評伝『D. H.ロレンス』 (1948) など。 H.G.ウェルズと R.ウェストの息子。

ウェスト
West, Benjamin

[生]1738.10.10. ペンシルバニア,スプリングフィールド近郊
[没]1820.3.11. ロンドン
イギリスで活躍したアメリカの画家。6歳で絵をかきはじめ,1760年イタリアに遊学,古典美術の影響を受けた。 63年ロンドンに渡り古典的な歴史画で有名になる。『ウォルフ元帥の死』 (1771,ケンジントン宮殿) は歴史画に近代性を導入した作品として著名。その後ロマン派的発想による宗教画を描く。 72年国王ジョージ3世の知遇を得て宮廷画家となり,81~1801年ウィンザー城礼拝堂の壁画を制作。ロイヤル・アカデミーの設立者の一人で,レイノルズのあと長年 (92~1805,07~20) にわたって会長をつとめた。

ウェスト
West, Charles Dickinson

[生]1847. ダブリン
[没]1908.1.10. 東京
イギリスの来日教師。ダブリン大学卒業。造船所設計技師長。 1882年6月工部大学校 (現東京大学工学部) に招聘され,機械工学担当主任教授として着任,以後,病死するまで 20年余在職し,日本における各種工学の基礎を確立,あわせて造船学をも指導し,海軍の技術発達に多く貢献した。 1300人余に上る日本人技術者を養成したといわれ,その忍耐強い教授法は大学当局で称賛の的となった。勲二等を授与された。

ウェスト
West,Sir Edward

[生]1782. イギリス,ミドルセックス
[没]1828.8. ボンベイ
イギリスの判事,経済学者。オックスフォード大学で古典と数学に優秀な成績を収め,1814年イナー・テンプルから弁護士資格を得て,"A Treatise of the Law and Practice of Extents in Chief and in Aid" (1817) を著して有名になる。 1823年以降ボンベイ市最高裁判所長官を務める。穀物法論争初期の『土地への資本投下に関する一論』 An Essay on the Application of Capital to Land (1815) においてトマス・ロバート・マルサス,デービッド・リカードらと並んで収穫逓減の法則の最初の定式化を行ない,また価値論と密接に組み合わせたかたちではないが差額地代論を展開した。

ウェスト
West, Mae

[生]1892.8.17. ニューヨークブルックリン
[没]1980.11.22. ハリウッド
アメリカの女優,劇作家コメディアン。セックス・コメディー『ダイヤモンド・リル』 (1928) などを自作,自演した。その後多くの映画に出演。 1930~40年代のセックス・シンボルといわれた。

ウェスト
West, Nathanael

[生]1903.10.17. ニューヨーク
[没]1940.12.22. カリフォルニア,エルセントロ
アメリカの作家。本名 Nathan Wallenstein Weinstein。 1924年ブラウン大学卒業後,一時ホテルの支配人をしていたが,その後しばらくパリに出て,ダダ,シュルレアリスムの影響下に『バルソ・スネルの夢の生活』 The Dream Life of Balso Snell (1931) をパリで出版,次いで新聞の身上相談欄担当者を主人公に,現代社会を風刺した傑作『ミス・ロンリーハーツ』 Miss Lonelyhearts (33) を発表して文名を確立した。アルジャー流のアメリカの夢や,ファシズムを批判した辛辣な成功物語『大枚百万ドル』A Cool Million (34) の完成後は,しばらくハリウッドでシナリオを書き,その経験に基づいてハリウッドの映画界を鋭く批判した『いなごの日』 The Day of the Locust (39) を発表。 40年ルース・マッケニーの『妹アイリーン』 My Sister Eileen (38) のモデルといわれる妻とともに自動車事故にあい,短い生涯を閉じた。その風刺的でグロテスクな作風は,のちのブラック・ユーモア派や不条理の文学に影響を及ぼした。

ウェスト
West, Dame Rebecca

[生]1892.12.25. アイルランド,ケリー
[没]1983.3.15. ロンドン
イギリスの女流作家,ジャーナリスト。本名 Cicely Isabel Fairfield。初め女優として立ち (筆名はイプセンの『ロスメルスホルム』のヒロインにちなむ) ,1910年代から左翼系の雑誌に寄稿,おもに女性問題を扱った。『兵士の帰還』 The Return of the Soldier (1918) ,『考える葦』 The Thinking Reed (36) などの小説のほか,ユーゴスラビアの政治を扱った『黒い小羊と灰色の鷹』 Black Lamb and Grey Falcon (2巻,42) ,反逆罪に関する評論『反逆の意味』 The Meaning of Treason (49) ,ニュルンベルク裁判のルポルタージュ『火薬列車』A Train of Powder (55) ,H.ジェームズや D.H.ロレンスなどの作家論がある。

ウェスト
West, Franz

[生]1947.2.16. ウィーン
[没]2012.7.26. ウィーン
オーストリアの芸術家。現代的なコラージュや家具,彫刻,公園に設置された色とりどりのインスタレーションまで幅広い作品を制作し,高い評価を受けた。1960年代にオーストリア美術界の主流だったウィーン・アクショニストの挑発的で暴力的なパフォーマンスアートを否定し,鑑賞者が手に取ることのできる小さなオブジェなど,より親しみやすい芸術を目指した。1970年代に素描やコラージュの制作を始め,1977~82年ウィーンの応用美術アカデミーで彫刻家ブルーノ・ジロンコリのもとで学ぶ。2009年,ボルティモア美術館で,1972~2008年の作品を集めた回顧展が開催された。また,カラフルなループ状のオブジェ『エゴとイド』も制作した。1990年のベネチア・ビエンナーレにオーストリア代表として参加,2011年には同ビエンナーレで「生涯功績への金獅子賞」を贈られた。

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百科事典マイペディアの解説

ウェスト

米国の小説家。本名Nathan Wallenstein Weinstein。ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれる。人生の暗い側面を容赦なく見詰めるグロテスクな作風の小説を4つ残して早世した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ウェスト West, Charles Dickinson

1847-1908 イギリスの機械工学者。
1847年1月生まれ。明治15年(1882)工部大学校(のち東京帝大)教師として来日。造船学科創設に尽力。舶用機関学などをおしえ,おおくの造船技術者をそだてた。明治41年1月10日東京で死去。61歳。アイルランド出身。ダブリン大卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ウェスト

没年:明治41.1.10(1908)
生年:1847
明治期に来日したお雇い外国人。イギリス人工学者。アイルランドのダブリン生まれ。ダブリン大学トリニティ・カレッジ卒業後,バルケンヘット造船所などに勤務。ダイアーの後任として明治15(1882)年工部大学校(東大)の教師となり,引き続き東大に勤め,41年まで在職。船舶用機関学の専門家であったため,工部大学校に造船学科を創設することに尽力するとともに,その後も多数の造船造機の技術者を育て,日本の海軍および民間造船所の発達に寄与した。41年に勲2等に叙せられたが,それを受ける直前に東京で死去し,青山外国人墓地に葬られた。<参考文献>三好信浩『日本教育の開国』

(三好信浩)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ウェスト【Benjamin West】

1738‐1820
アメリカが生んだ最初の国際的画家。フィラデルフィア生れ。早くからすぐれた画才を発揮,1759年ローマを経て,63年ロンドンに赴き,歴史画で名声をあげ,ジョージ3世の宮廷画家となる。92年ローヤル・アカデミー院長に就任。作風は新古典主義からロマン主義にわたり,厳粛で華麗な大構図がイギリスで高く評価された。アメリカからロンドンに来る若い画家をよく指導したことでも知られる。【桑原 住雄】

ウェスト【Nathanael West】

1903‐40
アメリカの小説家。本名ワインスタインNathan Wallenstein Weinstein。ブラウン大学卒業(1924)後,2年間パリにいて処女作《バルソー・スネルの夢の生活》(1931)をシュルレアリスムの影響下に執筆しはじめた。以後《孤独な娘》(1933),《クール・ミリオン》(1934),《イナゴの日》(1939)を発表したが,1940年に自動車事故で死去した。必ずしも文学的に豊かな収穫があったとは言えない1930年代を代表する作家であるが,生前よりも死後に評価が高まった。

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世界大百科事典内のウェストの言及

【腰】より

…Lende(ドイツ語)には〈こし〉と尻のほかに大腿部まで含まれる。loins(英語)もlombes(フランス語)同様複数形の腰であるが,日本人にはウェストwaistのほうがなじみがある。waistはドイツ語wachsen(成長する)と同意の古代英語weaxanに由来し,そこから人体が上下に成長したことを示す。…

【アメリカ美術】より

…18世紀後半には,ヨーロッパの新古典主義と呼応して,建国の英雄たちを一種の理想像として描くことも行われる。J.S.コプリーとB.ウェストが18世紀アメリカを代表する二大画家であるが,ヨーロッパでは最も高貴な分野とされる歴史画がパトロンの趣味,価値観の違いなどによりアメリカに定着しにくい状況を見,ともにのちに渡英し,後者はローヤル・アカデミーの院長に就き成功をおさめた。19世紀初頭に,アメリカ最初の美術学校ペンシルベニア美術アカデミー(1805),ついでナショナル・アカデミー・オブ・デザイン(1826)がようやく創設されるが,ヨーロッパに学ぶ者も少なくなかった。…

【新古典主義】より

… 新古典主義絵画は,古代の遺品を数多く残しているローマでまず始まった。とくに,アメリカから来たB.ウェスト,イギリス(スコットランド)のハミルトンGavin Hamilton(1723‐98)など,ロココの影響を受けることの少なかったアングロ・サクソンの画家たちは,古代彫刻を熱心に研究し,ローマ史の主題を好んで取り上げることによって,新古典主義の基盤を準備した。一方フランスでは,古代作品に霊感を求めたビアンJoseph‐Marie Vien(1716‐1809)や,グルーズの教訓画が新古典主義への強い傾斜を示し,スイスでは女流画家カウフマンが活躍した。…

※「ウェスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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